キルケゴールの死にいたる病が扱う社会問題
絶望の蔓延
キルケゴールは、当時の社会に蔓延する「霊的な空虚さ」ともいうべき状態、すなわち「絶望」に着目しました。産業革命や啓蒙主義の進展に伴い、人々は伝統的な価値観や宗教からの解放を経験する一方で、精神的な拠り所を見失い、虚無感や不安に苛まれていました。キルケゴールはこのような状態を「死に至る病」と呼び、現代社会における深刻な問題として提起したのです。
自己疎外と偽りの自己
キルケゴールは、当時の社会が個人を「平均化」し、「画一化」しようとする圧力を孕んでいることを指摘しました。社会的な役割や期待に適合することばかりを重視する風潮の中で、人々は自身の内面と向き合い、真の自己を確立することがおろそかになっていました。その結果、人々は「自分自身であることができず」、偽りの自己を演じ続けることになり、それがさらなる絶望を招く要因となっていたのです。
信仰の欠如と実存的な不安
キルケゴールは、当時の社会における信仰の衰退が、人々の実存的な不安を増大させていると批判しました。合理主義や科学万能主義の台頭は、宗教的な価値観や超越的な存在に対する懐疑心を生み出し、人々は生きる意味や目的を見失いがちになっていました。キルケゴールは、真の信仰とは、単なる教義の受容ではなく、自己を賭けた実存的な決断であると主張し、信仰の回復こそが絶望からの脱却の道であると説いたのです。
コミュニケーションの断絶
キルケゴールは、当時の社会におけるコミュニケーションの断絶が、人々の孤独と孤立を深めていることを憂慮しました。表面的な付き合いばかりが横行し、本音で語り合ったり、互いの存在を深く理解し合ったりする関係が希薄になっていました。キルケゴールは、真のコミュニケーションの重要性を説き、他者との真摯な対話を通じて、自己の殻を破り、絶望から脱却することを促したのです。