## キケロの義務について
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概要
『義務について』(De Officiis)は、紀元前44年にマルクス・トゥッリウス・キケロによって書かれた哲学的論文です。ローマの政治家、哲学者、そして雄弁家であったキケロは、晩年、共和制の危機とガイウス・ユリウス・カエサルの独裁政権の台頭を経験しました。
『義務について』は、ストア哲学、特にパナエティオスの思想に大きく影響を受けており、道徳、政治、そして個人的な行動に関するキケロの見解を包括的に示しています。キケロは、この作品を息子マルクスに宛てており、道徳的な指針と人生における正しい行動の重要性を説いています。
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構成と内容
『義務について』は3巻で構成されており、それぞれが異なるテーマを扱っています。
* **第1巻**: 「名誉あるもの」(honestum)について論じ、知恵、正義、勇気、節制といった主要な徳を考察します。キケロは、これらの徳が人間の本性に根ざしており、道徳的な行動の基礎となると主張します。
* **第2巻**: 「有利なもの」(utile)について論じ、個人的な利益と公共の利益の関係を探求します。キケロは、真の利益は道徳と一致しており、不道徳な行為は最終的に個人のためにならないと主張します。
* **第3巻**: 名誉あるものと有利なものが対立する場合に生じる葛藤に焦点を当てています。キケロは、真の知恵はこれらの対立を調和させることにあると主張し、道徳的な義務が常に最優先されるべきであると強調します。
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主要な概念
『義務について』では、いくつかの重要な概念が展開されています。
* **名誉あるもの(honestum)**:キケロの道徳哲学の中心概念であり、本質的に正しいとされる行為や性質を指します。名誉あるものは、人間の理性と自然法に根ざしており、道徳的な義務の源泉となります。
* **有利なもの(utile)**:個人的または社会的な利益や幸福を指します。キケロは、真の利益は名誉あるものと一致していると主張し、道徳的な行動が長期的に見て最も有益であると強調します。
* **知恵(sapientia)**:物事の本質を見抜き、正しい判断を下す能力を指します。キケロは、知恵が道徳的な行動の基礎であり、名誉あるものと有利なものを調和させるために不可欠であると主張します。
* **正義(iustitia)**: 公平さ、公正さ、そして他者の権利を尊重することを指します。キケロは、正義が社会の秩序と調和の基盤であり、道徳的な義務の重要な要素であると強調します。
* **勇気(fortitudo)**:危険や困難に立ち向かう精神的な強さを指します。キケロは、勇気が道徳的な行動を支え、正義と名誉あるものを守るために必要であると主張します。
* **節制(temperantia)**:欲望や情熱を制御し、バランスのとれた生活を送ることを指します。キケロは、節制が道徳的な卓越性と幸福に不可欠な徳であると強調します。
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影響と評価
『義務について』は、古代ローマにおいて広く読まれ、その後の西洋思想に多大な影響を与えました。特に、ルネサンス期以降、政治思想、道徳哲学、そして教育の分野において重要な古典として再評価されました。
キケロの道徳哲学は、普遍的な道徳原則と人間の理性への信念に基づいており、現代社会においても道徳的な指針を提供しています。