## キケロの義務についての思想的背景
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ストア派哲学の影響
キケロはストア派哲学から強い影響を受けており、「義務について」においてもその影響は色濃く反映されています。特に、ストア派の提唱する「自然に従って生きる」という思想は、キケロの義務論の中核をなすものです。ストア派は、宇宙には理性的な秩序が存在し、人間を含む万物はその秩序に従って生きるべきだと考えました。この宇宙の秩序は、「自然」あるいは「神」と同一視され、人間にとっての道徳的な指針となるとされました。
キケロもまた、ストア派と同様に、自然には理性的な秩序が備わっており、人間は自然の法則に従って生きることで幸福に到達できると考えました。そして、自然に従って生きることは、理性に従って生きることであり、義務を果たすことであると論じました。キケロは、人間には生まれながらにして理性と義務感が備わっていると主張し、これを「自然本性説」と呼びました。人間は理性によって善悪を判断し、義務感を自覚することができると考えたのです。
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ローマ的伝統との融合
「義務について」はストア派の影響を強く受けている一方、ローマ的な伝統や価値観とも深く結びついています。キケロは、ストア派の普遍的な倫理思想をローマ社会に適用し、ローマ人にとっての具体的な行動規範を示そうとしました。
例えば、ローマ社会において重視されていた「名誉」や「公共心」といった価値観は、「義務について」においても重要な位置を占めています。キケロは、真の「名誉」は義務を果たすことから得られるものであり、公共のために尽くすことはローマ市民としての義務であると説いています。このように、キケロはストア派の倫理思想をローマ的な価値観と結びつけることで、より現実的で実践的な倫理体系を構築しようと試みたと言えるでしょう。
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政治的背景
「義務について」は、キケロが晩年、共和政ローマが内乱によって危機に瀕していた時代に執筆されました。キケロは、共和政の理念を守り抜き、ローマ社会に秩序を取り戻すために、倫理的な指針を示す必要性を痛感していました。「義務について」は、キケロの息子マルクスに宛てた書簡という形式をとっていますが、実際には、当時のローマ市民全体に向けた倫理的なメッセージが込められていたと言えるでしょう。
キケロは、「義務について」において、私的な利益よりも公共の利益を優先すること、法と正義を遵守すること、そして祖国のために尽くすことの重要性を繰り返し説いています。これは、内乱によってローマ社会が混乱し、個人主義や私欲が横行していた状況に対する、キケロの強い危機感の表れであったと考えられます。