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キケロの弁論術についての位置づけ

## キケロの弁論術についての位置づけ

### 1. 古典修辞学における位置づけ

キケロ(紀元前106-43年)は、古代ローマの政治家であると同時に、卓越した弁論家、そして修辞学者でもありました。彼の著作は、古代ギリシアの修辞学の伝統を受け継ぎ、さらに発展させたものとして、後世に多大な影響を与えました。

### 2. 主要な著作と内容

キケロの弁論術に関する主要な著作は以下の3つです。

* **『デ・オラトーレ』(De Oratore、『弁論家について』、全3巻、紀元前55-54年)**: 対話篇という形式を取り、理想的な弁論家の資質や修辞学の役割について論じています。
* **『デ・インベンティオーネ』(De Inventione、『発想について』、全2巻、紀元前80年代後半)**: 弁論術の技術的な側面、特に発想(インベンティオ)について詳細に解説しています。
* **『レトリカ・アド・ヘレニウム』(Rhetorica ad Herennium、『ヘレニウスへの修辞学』、全4巻、紀元前80年代)**: キケロの著作ではないとする説が有力ですが、伝統的に彼の著作に含められてきました。弁論術の5つの構成要素(発想、配列、文体、記憶、朗読)について網羅的に解説しています。

### 3. キケロの弁論観の特徴 – ギリシア修辞学との比較において –

キケロの弁論観は、古代ギリシアの修辞学、特にアリストテレスの思想を基盤としています。しかし、キケロは独自の視点から弁論術を捉え直し、以下のような特徴を持つ独自の弁論観を展開しました。

* **雄弁術と知性の融合**: キケロは、単なる話術としての弁論術ではなく、幅広い教養と倫理観に基づいた「雄弁術」を重視しました。彼は、弁論家は単に巧みな言葉遣いを身につけるだけでなく、哲学、歴史、法律など幅広い知識を身につけ、人間と社会に対する深い洞察力を養うべきだと考えました。
* **市民社会における弁論の役割**: キケロは、共和制ローマにおいて、弁論術は市民が政治に参加し、社会に貢献するための不可欠な手段だと考えました。彼は、弁論によって人々の心を動かし、正しい方向へ導くことができるという信念を持っていました。

### 4. 後世への影響

キケロの弁論術は、ローマ帝国時代からルネサンス期、そして現代に至るまで、西洋の修辞学、教育、政治思想に多大な影響を与え続けています。彼の著作は、中世の修道院で写本として伝えられ、ルネサンス期には人文主義者たちによって高く評価されました。

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読書意欲が高いうちに読むと理解度が高まります。

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