ガダマーの真理と方法に影響を与えた本
ハイデガー『存在と時間』
ハンス・ゲオルク・ガダマーの主著『真理と方法』は、20世紀の哲学に多大な影響を与えた作品であり、特に解釈学の分野において大きな転換点となりました。この作品でガダマーは、人間の理解の本質について、伝統的な認識論の枠組みを超えた新たな視点を提示しました。彼は、理解とは主観が客観をありのままに捉えるという静的な過程ではなく、歴史的・文化的背景の中で絶えず変化し続ける動的な過程であると主張しました。
ガダマーの思想形成に大きな影響を与えたのが、彼の師であるマルティン・ハイデガーの存在論的解釈学でした。特に、ハイデガーの主著『存在と時間』は、ガダマーの解釈学の出発点と言えるでしょう。『存在と時間』においてハイデガーは、伝統的な形而上学が「存在」の意味を忘れ去り、「存在者」についての問いに終始してきたと批判し、存在そのものを問い直すことを試みました。
ハイデガーは、人間存在を「現存在」(Dasein)と呼び、その特徴として、「世界内存在」と「時間性」を挙げました。「世界内存在」とは、人間は常に世界と関わりながら存在しているということを意味します。私たちは、世界から切り離された孤立した存在ではなく、世界の中で道具を使ったり、他者と関わったりしながら生きています。ハイデガーは、このような世界内存在における人間のあり方を「配慮」や「関心」といった概念を用いて分析しました。
一方、「時間性」は、人間存在が過去・現在・未来という時間的構造の中に位置づけられていることを意味します。私たちは、過去の経験に基づいて現在を理解し、未来への期待を抱きながら生きています。ハイデガーは、人間存在の根底には、未来への「先駆」という構造があると主張しました。私たちは、常に未来の可能性に向かって開かれており、自己を規定していく存在であるというわけです。
『真理と方法』においてガダマーは、ハイデガーの「世界内存在」と「時間性」という概念を解釈学の領域に応用しました。ガダマーは、人間の理解は、主観の側の先入見や偏見によって規定されていると主張しました。私たちは、自分の生きてきた歴史や文化の中で形成された「先入見」を通して世界を理解しており、客観的な視点など存在しないというのです。
しかし、ガダマーは、先入見を否定的なものとは捉えませんでした。彼は、先入見は理解を可能にするための前提条件であると同時に、歴史的伝統とのつながりを示すものでもあると考えました。そして、理解とは、先入見とテキストとの間の緊張関係の中で、新たな意味が生成する「出来事」であると論じました。
このように、ガダマーの解釈学は、ハイデガーの存在論的解釈学の影響を色濃く受けています。特に、「世界内存在」と「時間性」という概念は、ガダマーの解釈学の基礎をなすものであり、人間の理解の本質を明らかにする上で重要な役割を果たしていると言えるでしょう。