カーの「歴史とは何か」の思想的背景
歴史家としてのE・H・カー
E・H・カーは、歴史家としてキャリアを築き、その過程で歴史という学問に対する独自の視点を育みました。1902年にイギリスで生まれたカーは、オックスフォード大学で歴史を学び、その後、1930年代から1960年代にかけて、同大学で国際政治史の教授を務めました。彼の専門は、特にロシア革命を含む、20世紀初頭の国際関係史でした。
経験主義と合理主義の融合
カーの歴史観は、彼が歴史研究に携わる中で直面した、当時の歴史学における二つの主要な潮流、経験主義と合理主義の間の緊張に大きく影響を受けています。経験主義は、歴史は一次資料に基づいて客観的に再構成できるという考えを重視する一方で、合理主義は、歴史家が自身の解釈や分析を通して歴史を理解する上で、理性と解釈の役割を強調します。
カーは、両方の立場に限界を感じていました。経験主義は、事実の単なる羅列に陥り、歴史に意味を与えるより広範な文脈を見落とす可能性があると彼は考えていました。一方、合理主義は、歴史家の主観的な偏見によって歴史が歪められ、客観的な真実からかけ離れてしまう可能性があると彼は懸念していました。
そこでカーは、経験主義と合理主義の両方を統合するアプローチを提唱しました。彼は、歴史家は過去に関する客観的な事実を追求する一方で、それらの事実を選択し、解釈し、提示する際に、自身の視点やバイアスが避けられないことを認識すべきだと主張しました。
歴史における現在と過去
カーの歴史思想の中心的なテーマの一つに、現在と過去の相互作用があります。彼は、歴史は過去の出来事の単なる記録ではなく、現在における歴史家と過去の対話であると主張しました。歴史家は、自身の置かれた時代や社会の価値観、信念、関心によって影響を受け、それらが彼らの歴史の見方に影響を与えます。
同時に、歴史家の解釈は、現在の人々の過去の理解を形作り、現在の問題や課題に対する新たな視点を提供することができます。言い換えれば、歴史は静的なものではなく、現在と絶えず対話し、再解釈されることで進化するダイナミックなプロセスなのです。
歴史と社会との関連性
カーは、歴史と社会との間の密接な関係を強く認識していました。彼は、歴史は過去の出来事の物語であるだけでなく、現在と未来を理解するための重要なツールであると信じていました。歴史を研究することで、社会がどのように発展してきたのか、現在の状況に至った理由、そして将来どのような課題や機会に直面する可能性があるのかをより深く理解することができます。
彼はまた、歴史を学ぶことの重要性を、市民としての責任、批判的思考、そして現在に対するより深い理解を促進する上で強調しました。カーは、歴史は人々が過去の過ちから学び、より良い未来を創造することを可能にする力を持っていると信じていました。