カントの純粋理性批判に影響を与えた本
ヒューム「人間本性論」
デイヴィッド・ヒュームの「人間本性論」(1739-40)は、イマヌエル・カントの傑作「純粋理性批判」(1781)に大きな影響を与えた作品として広く認識されています。カント自身が述べているように、ヒュームの著作は「独断のまどろみ」から彼を覚醒させ、形而上学の探求に新たな道を切り開くきっかけとなりました。本稿では、「人間本性論」が「純粋理性批判」に与えた影響について詳細に考察していきます。
ヒュームの哲学は、経験論、すなわち、すべての知識は経験に由来するという考え方に深く根ざしています。彼は、人間の心が生来備えているのは、感覚印象や内的な感情といった単純な観念のみであると主張しました。そして、複雑な観念や抽象的な概念は、これらの単純な観念を組み合わせたり、関連付けたりすることによって形成されると考えました。
ヒュームはこの経験論的な立場に基づき、因果関係、実体、自己など、伝統的な形而上学の中心的な概念を批判しました。彼は、これらの概念が経験によって正当化できないことを指摘し、人間の理性は習慣や想像力に基づいてこれらの概念を作り出していると主張しました。例えば、因果関係について、ヒュームは、私たちが経験するのは、ある事象が別の事象に常に伴って起こることだけであり、事象間の必然的なつながりや原因となる力を直接経験することはできないと指摘しました。
ヒュームの思想は、当時の形而上学に大きな衝撃を与え、カントもまたその影響を強く受けました。特に、因果関係に関するヒュームの批判は、カントに深い影響を与え、「純粋理性批判」における重要なテーマの一つとなりました。
カントは、「純粋理性批判」において、人間の認識能力の構造と限界を明らかにすることを試みました。彼は、ヒュームの経験論を受け入れつつも、人間の理性は経験を秩序付ける先天的な能力を持っていると主張しました。カントは、これらの先天的な能力を「純粋理性」と呼び、時間、空間、因果性などの「カテゴリー」が、私たちが経験を認識するための枠組みを提供していると主張しました。
カントは、ヒュームの因果関係に関する批判に応答し、因果性は経験から導き出されるものではなく、人間の理性が経験に課す先天的なカテゴリーであると主張しました。彼は、因果性は、私たちが経験を理解するために不可欠な概念であり、経験を秩序付け、予測可能性を与えるものであると考えました。
「人間本性論」は、経験論的な観点から伝統的な形而上学を批判し、カントに人間の認識能力の限界と可能性について深く考察するきっかけを与えました。カントは、ヒュームの批判を克服するために、人間の理性の先天的な構造を明らかにしようと試み、「純粋理性批判」において独自の超越論哲学を展開しました。このように、「人間本性論」は、「純粋理性批判」の成立に大きな影響を与え、西洋哲学の歴史に大きな足跡を残した作品と言えるでしょう。