カントの実践理性批判の対極
道徳の系譜/ニーチェ
フリードリヒ・ニーチェの主著の一つである『道徳の系譜』は、伝統的な道徳、特にキリスト教道徳の起源と本質を歴史的・心理学的観点から批判的に分析した作品です。善悪の概念や道徳律の根源を探求し、それらが客観的な真理ではなく、権力闘争やルサンチマン(弱者の恨み)といった人間的な、あまりに人間的な要因によって形成されたことを論証しています。
ニーチェは、伝統的な道徳、特にキリスト教道徳が、人間の生を否定し、弱体化させると批判しました。彼は、この道徳を「奴隷道徳」と呼び、力強く、創造的な生を送ることを阻害するものと見なしました。ニーチェは、人間の生命力や創造性を肯定する新しい価値観を創造することを提唱し、それを「主人道徳」と呼びました。
カントが『実践理性批判』において、普遍的な道徳法則を理性によって基礎づけようとしたのに対し、ニーチェは、道徳の起源を人間の感情や本能、歴史的な力関係に求めました。ニーチェにとって、道徳は客観的な真理に基づくものではなく、人間の解釈と創造の産物なのです。
『道徳の系譜』は、西洋思想における道徳の概念を根底から覆す画期的な書物として、現代思想に多大な影響を与えました。ニーチェの思想は、実存主義、ポストモダニズム、ニヒリズムなど、20世紀以降の様々な思想潮流に影響を与え続けています。