## カントの判断力批判の思索
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美的判断力
カントは、美的判断、すなわち美と崇高に関する判断を考察の対象とします。重要なのは、美的判断は対象の概念に還元できないということです。美しいものを見たとき、我々はそれが何であるかを考える前に、快を感じます。これは、美的判断が、対象の認識ではなく、我々の主観的な感覚に基づくことを示しています。
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崇高の判断
崇高の経験は、美とは異なり、快ではなく不快を伴います。しかし、この不快は、対象の巨大さや力強さの前に、人間の有限性を意識させられることで生じる、高揚感を含んだものです。カントは、数学的崇高と力学的崇高を区別し、前者を対象の量的無限性、後者を質的無限性に帰しています。
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目的論的判断力
自然界の有機体は、部分と全体が相互に規定し合い、あたかも目的を持って作られたかのように見えます。カントはこのような見方を「目的論的判断力」と呼びます。ただし、カントは、目的論が自然そのものに内在する性質だと考えることを批判します。目的論的判断力は、あくまで人間の認識能力の限界を示すものであり、自然を理解するための「規制的原理」として機能するものです。
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判断力批判の位置づけ
「判断力批判」は、「純粋理性批判」で扱われた認識能力と、「実践理性批判」で扱われた意志の領域を橋渡しする役割を担います。美的判断や目的論的判断は、感覚の世界と理性の世界を媒介し、両者の調和の可能性を示唆するものです。