カポーティの冷血に影響を与えた本
ドストエフスキーの『罪と罰』の影響
トルゥマン・カポーティの『冷血』は、1959年にカンザス州でクラッター一家が惨殺された事件を克明に描いた、ノンフィクション・ノベルと呼ばれる新しいジャンルを確立した作品である。冷酷な殺人事件を扱っていながらも、カポーティは加害者であるペリー・スミスとディック・ヒコックの心理や生い立ちを深く掘り下げることで、単なる犯罪小説の枠を超えた文学作品に昇華させている。
カポーティのこの作風、特に犯罪者への深い洞察と共感という点において、大きな影響を与えた作品の一つとして、フョードル・ドストエフスキーの『罪と罰』が挙げられる。『罪と罰』は、貧困に喘ぐ元大学生ラスコーリニコフが、金貸しの老婆を殺害する罪を犯し、その罪の意識に苦悩しながらも、様々な人々との出会いを通して、自身の魂の救済を求めていくという物語である。
『冷血』と『罪と罰』は、どちらも実際に起きた事件に触発されている点で共通している。『冷血』の基となったクラッター一家殺人事件は言うまでもなく、『罪と罰』もまた、ドストエフスキーがシベリア流刑中に耳にした殺人事件に着想を得ていると言われている。
しかし、両作品の類似点は、事件そのものよりもむしろ、犯罪者の内面に深く切り込んでいる点に見られる。ドストエフスキーはラスコーリニコフの心理描写を通して、貧困や社会の不条理によって追い詰められた人間の心の闇を浮き彫りにした。カポーティもまた、ペリーとディックの生い立ちや性格、犯行に至るまでの心理状態を詳細に描くことで、彼らを単なる「悪」として断罪するのではなく、複雑な人間性を持った存在として描き出そうとした。
特に、ペリーとディックに対するカポーティの態度は、ドストエフスキーがラスコーリニコフに対して示した共感と通ずるものがある。ドストエフスキーは、ラスコーリニコフの犯した罪は決して許されるものではないとしつつも、同時に彼を社会の犠牲者の一人として捉え、その苦悩に深い理解を示していた。
同様に、カポーティもまた、ペリーとディックの犯した罪の残虐さを認めつつも、彼らの人生を形作った様々な要因、例えば、貧しい家庭環境や幼少期の虐待経験などを考慮することで、彼らの心の奥底にある弱さや孤独に目を向けようとした。
このように、『冷血』と『罪と罰』は、犯罪者の心理を深く掘り下げることで、人間の本質に迫ろうとした作品であると言える。カポーティはドストエフスキーの文学から大きな影響を受け、犯罪という極限状態を通して、人間の光と影を描き出すことに成功したのである。