オルテガの大衆の反逆に影響を与えた本
ドストエフスキーの「悪霊」:大衆社会への不安の予兆
ホセ・オルテガ・イ・ガセットの「大衆の反逆」は、20世紀初頭のヨーロッパにおける大衆社会の台頭を鋭く批判した作品として、現代社会の様々な問題を予見した書として高く評価されています。そのオルテガの思想に大きな影響を与えた一冊として、フョードル・ドストエフスキーの「悪霊」が挙げられます。
「悪霊」は、1871年から72年にかけて発表されたドストエフスキー後期の代表作であり、当時のロシア社会に渦巻くニヒリズムや社会主義、無政府主義などの思想に翻弄される人々の姿を描いた社会派小説です。作中では、伝統的な価値観や権威が失墜していく中で、新しい思想に魅せられた若者たちがテロや暴力に走っていく様子が描かれています。
オルテガは、「大衆の反逆」の中で、「悪霊」に登場する登場人物たちの姿に、自らが危惧する大衆社会の危険性を重ね合わせて見ていました。オルテガは、大衆社会においては、伝統的な価値観や権威が失墜し、人々は自己中心的で刹那的な快楽を追求するようになると考えていました。そして、そのような社会では、理性や知性よりも、感情や衝動が優先され、全体主義やポピュリズムといった危険な思想が蔓延しやすくなると警告しました。
「悪霊」では、登場人物たちが、既存の社会秩序を破壊し、新しいユートピアを築こうとするあまり、暴力やテロに訴えていく様子が描かれています。オルテガは、このような「悪霊」たちの姿に、大衆社会における大衆の危険性を重ね合わせて見ていたと考えられます。
具体的には、「悪霊」の登場人物であるスタヴローギンやヴェルホヴェンスキーといった人物像が、オルテガの「大衆人」のイメージと重なります。彼らは、既存の価値観や権威を否定し、自己の欲望や野心を満たすことのみを追求する、まさに「専門家以外の専門家」の典型と言えるでしょう。
ドストエフスキー自身は、「悪霊」において、当時のロシア社会における極端な思想や運動に対して警鐘を鳴らしていました。オルテガは、ドストエフスキーのこの警告を、20世紀初頭のヨーロッパ社会に当てはめ、大衆社会の危険性を鋭く指摘したと言えるでしょう。
このように、「悪霊」は、大衆社会における個人のあり方や、思想の役割について深く考察した作品であり、オルテガの「大衆の反逆」に大きな影響を与えた作品の一つと言えるでしょう。