エーコの薔薇の名前が扱う社会問題
異端と正統の対立
舞台となる14世紀のヨーロッパは、キリスト教が絶対的な権威を持つ社会でした。作中では、フランシスコ会修道院を舞台に、異端とみなされた思想や書物に対する弾圧が描かれています。特に、修道院長やホルヘのような保守的な勢力は、教義の解釈を巡って異端審問官ベルナールギーと対立し、己の権力維持のために異端狩りを利用しようとします。これは、当時の社会における宗教的権力構造と、それに伴う思想統制の闇を浮き彫りにしています。
知識の独占と解放
作中では、修道院の図書室が知識の宝庫として描かれる一方で、その一部は禁書とされ、一部の人間しかアクセスできません。ホルヘは、アリストテレスの「詩学」第二巻を筆頭に、笑いを肯定する書物が異端を生み出すと考え、その存在を隠蔽しようとします。これは、知識の独占が権力構造と密接に結びついていたことを示唆しています。一方、主人公のウィリアムは、様々な書物を読み解き、論理的な思考と観察によって事件の真相に迫ります。これは、中世におけるスコラ哲学の隆盛と、理性による真理探求への希求を象徴していると言えるでしょう。
宗教と科学のせめぎ合い
ウィリアムは、経験論的な手法を用いて事件の謎を解こうとする一方、修道院の人々は迷信や神秘主義に囚われています。これは、当時の社会における宗教と科学のせめぎ合いを反映しています。ウィリアムは、アリストテレスの自然哲学にも通じており、理性と観察に基づいた科学的な思考の重要性を示唆しています。しかし、彼の論理的な推理は、宗教的な教義や迷信に支配された人々には受け入れられず、真実に近づくほど危険にさらされることになります。これは、新しい知識や思想が旧来の権威や秩序と衝突する状況を描写し、歴史における進歩と抵抗の構図を浮き彫りにしています。