エーコのボードリーノの対極
トゥキディデスの「戦史」
ウンベルト・エーコの小説「ボードリーノ」は、12世紀の詐欺師でほら吹きである主人公ボードリーノを語り手に、歴史の虚構性や物語の力をテーマにした作品です。ボードリーノは、十字軍、伝説の王国、実在の人物たちを織り交ぜた壮大な物語を紡ぎ出し、読者を翻弄します。
一方、「戦史」は古代ギリシャの歴史家トゥキディデスによって記された、ペロポネソス戦争(紀元前431年-紀元前404年)の記録です。トゥキディデスは、アテネとスパルタという二つの強国が覇権を争ったこの戦争を、可能な限り客観的かつ正確に描写しようと努めました。
「ボードリーノ」が虚構と現実を曖昧にすることで歴史の不確かさを強調するのに対し、「戦史」は厳密な史料批判と冷静な筆致によって歴史の真実を追求しようとする姿勢が貫かれています。トゥキディデスは、戦争の原因や経過を分析するだけでなく、当時の政治家たちの演説や、戦争がもたらした社会への影響についても詳細に記述しています。
「ボードリーノ」と「戦史」は、どちらも歴史を題材としている点では共通していますが、その手法やテーマは対照的です。「ボードリーノ」は、歴史がいかに容易に操作され、歪曲されるかを示すことで、歴史に対する相対的な視点を提示します。一方、「戦史」は、歴史をありのままに記録することの重要性を訴え、後世の人々が過去の教訓から学ぶことを期待しているかのようです。
このように、「ボードリーノ」と「戦史」は、歴史という共通のテーマを扱いながらも、全く異なるアプローチで書かれた作品であり、文学史においても対照的な位置づけにあると言えるでしょう。