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エラスムスの痴愚神礼讃を読んだ後に読むべき本

エラスムスの痴愚神礼讃を読んだ後に読むべき本

ミシェル・ド・モンテーニュ 『エセー』

エラスムスの『痴愚神礼讃』を堪能したあなたが次に手に取るべき一冊として、ミシェル・ド・モンテーニュの『エセー』を強くお勧めします。16世紀フランス・ルネサンスを代表する思想家であるモンテーニュの代表作であるこの作品は、古代ギリシャ・ローマの古典から同時代の出来事までを縦横無尽に引用し、考察していく、まさに「エッセイ」の金字塔と言えるでしょう。

ではなぜ、『痴愚神礼讃』の後に『エセー』を読むべきなのでしょうか? それは、両作品に共通する「人間の愚かさ」への洞察と、その表現方法にあります。『痴愚神礼讃』では、女神愚神がユーモアと皮肉を交えながら人間の愚行を鋭く批判しますが、『エセー』では、モンテーニュ自身が自身の経験や内面を赤裸々に綴ることで、人間存在の不確かさ、矛盾、そして滑稽さを浮き彫りにします。

例えば、『エセー』の中の一節「世界は一つの無数の面影の遊戯である」は、『痴愚神礼讃』における愚神による世界の解釈と共鳴します。どちらも、絶対的な真理や価値観を疑い、相対的な視点から人間と世界を見つめる姿勢を提示しているのです。

また、『エセー』の魅力は、その自由で率直な文体にもあります。モンテーニュは、自らの思考の軌跡を読者にそのまま提示するかのように、主題から脱線したり、矛盾する意見を並べたりしながら、人間という複雑な存在を探求していきます。これは、型破りな語り口で読者を挑発する『痴愚神礼讃』の手法とどこか共通する点があると言えるのではないでしょうか。

『痴愚神礼讃』によって、人間の愚かさや社会の矛盾に目を向けさせられたあなたは、『エセー』を読むことで、さらに深く人間存在について考えさせられるでしょう。モンテーニュの洞察力に満ちた言葉に触れることで、あなたはきっと、自分自身の内面にも新たな発見をすることになるはずです。

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