## エラスムスの痴愚神礼讃の周辺
### 作者について
デジデリウス・エラスムス(Desiderius Erasmus、1466年頃 – 1536年)は、北ヨーロッパ・ルネサンスを代表する思想家・人文主義者です。
教会の腐敗を批判し、聖書を本来のギリシャ語で読むことの重要性を説きました。古典古代の文献にも精通しており、その著作は当時の知識人層に広く読まれ、大きな影響を与えました。
### 執筆の背景と目的
「痴愚神礼讃」は、1509年、エラスムスがイングランドからイタリアへ向かう旅の途中に、友人のトーマス・モアの家でわずか1週間で書き上げたと言われています。
この作品は、当時の社会に対する風刺を込めて書かれました。特に、形式主義に陥り、本来の精神を見失っていた教会や聖職者、そして学者たちを痛烈に批判しています。
### 内容と構成
「痴愚神礼讃」は、女神モーリア(痴愚の女神)による一人称の独白形式で書かれています。
モーリアは自らをあらゆる快楽と幸福の源泉であると語り、愚かであることの利点を説き、世の中の人間たちの愚行をユーモラスに、しかし鋭く指摘していきます。
### 出版と反響
「痴愚神礼讃」は1511年に初めて出版され、たちまちヨーロッパ中でベストセラーとなりました。
その辛辣な風刺とユーモアは多くの読者を惹きつけましたが、一方で教会からは激しい批判を浴びることになります。
### 後世への影響
「痴愚神礼讃」は、単なる風刺文学の枠を超え、人間の愚かさという普遍的なテーマを扱った作品として、今日でも読み継がれています。
その後のヨーロッパ文学にも大きな影響を与え、フランソワ・ラブレーの「ガルガンチュワとパンタグリュエル物語」など、多くの作品にその影響を見ることができます。