ウルフの灯台への思想的背景
モダニズム文学の影響
ヴァージニア・ウルフは、ジェームズ・ジョイスやT・S・エリオットといった同時代の作家たちと共に、20世紀初頭に興ったモダニズム文学運動の中心人物として活躍しました。「灯台へ」も、こうした時代の流れと無関係ではありません。
第一次世界大戦後の社会通念や価値観の崩壊は、それまでの伝統的な文学様式に疑問を投げかけ、新たな表現方法を模索する機運を生み出しました。モダニズム文学は、そうした時代の産物として、人間の意識や内面世界を重視し、従来の写実主義的な手法を打ち破ることで、新しい文学の地平を切り開こうとしました。
「灯台へ」においても、プロットよりも登場人物の意識の流れや内面描写に重点が置かれ、時間や視点が自由に行き来するなど、モダニズム文学の特徴が顕著に見られます。例えば、小説の中心人物の一人であるラムジー夫人は、過去の出来事や自身の感情、哲学的な思索を断片的に思い浮かべる様子が描かれ、読者は彼の複雑な内面世界を垣間見ることになります。
ウルフ自身の経験と家族の関係
「灯台へ」は、ウルフ自身の幼少期の思い出や家族との関係を色濃く反映した作品としても知られています。ウルフは、イングランド南部のコーンウォール地方にあるセント・アイブスで夏を過ごした経験があり、「灯台へ」の舞台であるヘブリディーズ諸島の島は、セント・アイブスをモデルにしていると言われています。
また、作中に登場するラムジー夫妻は、ウルフの両親をモデルにしていると考えられています。厳格な知識人であった父親と、芸術を愛する優しく美しい母親という対照的な両親像は、ウルフ自身の家族関係や、両親に対する複雑な感情を反映していると言えるでしょう。
特に、ウルフは14歳の時に母親を亡くしたことが、彼女の人生に大きな影を落としています。「灯台へ」では、ラムジー夫人が物語の中盤で突然亡くなるという出来りが描かれますが、これはウルフ自身の喪失体験と深く結びついていると考えられます。
女性の社会進出とジェンダー
20世紀初頭は、女性参政権運動が盛んになり、女性の社会進出が本格化するなど、ジェンダー roles に対する意識が大きく変化した時代でした。ウルフは、フェミニストとしても積極的に活動しており、「自分だけの部屋」などのエッセイの中で、女性の経済的自立や社会参加の必要性を訴えています。
「灯台へ」においても、当時の社会通念にとらわれず、自由に生きようとする女性の姿が描かれています。例えば、画家であるリリー・ブリスコーは、結婚や家庭という伝統的な女性の生き方ではなく、芸術を通して自己実現をしようとします。
また、ウルフは、男性中心的な社会構造の中で、女性が抑圧され、自らの能力や才能を発揮する機会を奪われている現状を批判的に捉えていました。「灯台へ」においても、ラムジー夫人やリリー・ブリスコーといった女性たちは、男性中心的な社会の中で、それぞれの葛藤を抱えながら生きている姿が描かれています。