## イプセンの幽霊が扱う社会問題
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当時の社会における女性の立場
イプセンの『幽霊』は、19世紀後半のヨーロッパ社会、とりわけ、当時のノルウェーにおける女性の置かれていた厳しい立場を浮き彫りにしています。 作品の中心人物であるミセス・アルヴィングは、夫の放蕩や不貞といった問題を抱えながらも、社会的な体裁や当時の道徳観念によって、夫に従うことを強いられます。
彼女は、周囲の期待に応えるために、自分自身の幸福や人生の選択を犠牲にし続けなければなりませんでした。 当時の女性は、経済的な自立が難しく、離婚も社会的に認められていなかったため、男性に依存した生活を送らざるを得なかったのです。
ミセス・アルヴィングは、息子オスヴァルドのために、夫の悪評から彼を守り、立派な人間に育てようと尽力します。 しかし、それは彼女自身の犠牲の上に成り立っており、結果として、息子を精神的な苦悩に追い込んでしまうことになります。 これは、当時の社会における女性の抑圧が、次世代にまで影響を及ぼすことを示唆しています。
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性道徳の二重基準
『幽霊』は、当時の性道徳における二重基準、すなわち男性と女性に対する価値観の大きな違いを鋭く批判しています。 夫アルヴィング大尉は、生前、愛人と不倫関係にあり、私生児までもうけていました。
しかし、当時の社会では、男性の不倫は“男の甲斐性”として黙認される風潮さえありました。 一方で、女性は貞節を求められ、不倫は許されない行為と見なされていました。 このような不平等な性道徳観が、ミセス・アルヴィングを苦しめる一因となっています。
彼女は、夫の不貞を知りながらも、世間体を気にして、それを隠蔽し続けなければなりませんでした。 このような二重基準は、現代社会においても完全に払拭されたわけではなく、重要なテーマとして考えさせられます。
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宗教と個人の自由
『幽霊』では、キリスト教的な道徳観や教会の権威が、個人の自由を束縛する存在として描かれています。 マンダース牧師は、当時の社会において大きな影響力を持つ存在として登場しますが、彼の厳格で形式的な信仰は、かえって人々を苦しめる結果となっています。
ミセス・アルヴィングは、マンダース牧師の助言に従い、夫の不貞を許し、彼を支えようとしました。しかし、それは彼女自身の心を犠牲にした上での決断であり、結果として、彼女を深く傷つけることになりました。
また、オスヴァルドは、マンダース牧師の説く道徳観念に縛られ、自分の病気や愛を受け入れることができず、苦悩します。 このように、イプセンは、盲目的な信仰が、個人の自由や幸福を阻害する可能性を提示しています。