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イシグロの浮世の画家から学ぶ時代性

## イシグロの浮世の画家から学ぶ時代性

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敗戦後の日本で生きるということ

     「浮世の画家」は、1948年から1950年にかけての日本を舞台に、かつて軍部と繋がりのあった老画家小野増吉の晩年を描いた物語です。敗戦という激動の時代を経て、価値観が一変した社会の中で、増吉は自らの過去と向き合いながら、静かに生きています。彼はかつて、国粋主義的な思想のもと、戦争を賛美するような作品を多く手掛け、その道の大家として名を馳せていました。しかし、敗戦とともに彼の芸術は「時代遅れ」の烙印を押され、かつての栄光は過去の亡霊と化してしまったのです。

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変化する価値観と個人の苦悩

     物語は、増吉の視点を通して、敗戦後の日本の姿を映し出していきます。街並みは焼け跡から徐々に復興しつつも、人々の心には戦争の傷跡が深く刻まれています。かつては絶対的な価値観であったものが崩壊し、新しい価値観が模索される中で、人々は不安と混乱を抱えながら生きているのです。増吉自身もまた、過去の行いに対する罪悪感と、変わりゆく社会への戸惑いを感じています。彼は娘の縁談を通して、自分の過去が娘の未来に影を落とすのではないかと不安を抱き、かつての弟子や友人を訪ねる中で、自らの芸術観や人生観を問い直していきます。

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芸術と政治の複雑な関係

     増吉は、かつて自身が国粋主義的な芸術運動に傾倒していたことを、敗戦後も後悔したり、否定したりすることはありません。しかし、弟子たちの中には、戦時中の増吉の活動に批判的な者も現れます。彼らは、芸術が政治に利用された過去を直視し、新しい芸術のあり方を模索しているのです。増吉は、彼らの主張に反論することもありますが、どこかで彼らの言い分を理解しているような複雑な感情を抱いています。

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記憶と歴史の曖昧な境界

     「浮世の画家」では、増吉の回想を通して物語が進んでいきます。しかし、彼の記憶は曖昧で、断片的であり、必ずしも客観的な事実と一致するとは限りません。増吉は、過去の出来事を都合良く解釈したり、美化したりしている部分もあり、読者は彼の語りを通して、歴史認識の難しさや記憶の不確かさを突きつけられます。これは、戦争という大きな時代のうねりの中で、個人の記憶がいかに曖昧で、主観的なものであるかを浮き彫りにしています。

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時代の波に翻弄される人間の姿

     イシグロは、「浮世の画家」を通して、激動の時代を生き抜いた人間の姿を、繊細かつ鋭い筆致で描いています。時代の価値観に翻弄されながらも、懸命に生きようとする人々の姿は、現代社会にも通じる普遍的なテーマを孕んでいます。戦争という極限状態を通して、人間の弱さや醜さ、そして同時に強さや愛を描くことで、イシグロは私たちに、歴史と記憶、そして個人と社会の関係について、深く考えさせてくれるのです。

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