## イシグロのわたしを離さないでから学ぶ時代性
### 科学技術の発展と倫理のジレンマ
「わたしを離さないで」では、クローン技術が高度に発展した近未来が舞台となっています。クローンは、臓器提供のためだけに生まれ、育っていく存在として描かれています。これは、科学技術の発展がもたらす倫理的な問題を我々に突きつけます。生命倫理、人間の尊厳、アイデンティティといった根源的な問いを、クローンという存在を通して考えさせられるのです。作中では、クローンは「人間ではない」とされながらも、感情や思考を持ち合わせており、人間と変わらない苦悩や葛藤を抱えています。この対比が、科学技術の進歩と人間の倫理観との間にある深い溝を浮き彫りにします。
臓器移植の成功率向上という目的のために、クローンという「道具」を生み出すことは許されるのか？「人間らしさ」とは何か？「生きる意味」とは何か？ イシグロは、容易な答えの出ない問いを私たちに投げかけることで、科学技術の進歩と倫理観のバランスについて深く考えさせます。
### 制度化された差別と抑圧
作中のクローンたちは、生まれながらにして「提供者」という運命を背負わされ、自由を制限された施設で育てられます。彼らには、自分たちの運命に抗う術も、社会に声を上げる権利もありません。これは、現代社会にも通じる、制度化された差別や抑圧を象徴しています。
クローンは、彼らを生み出した人間社会にとって「異質な存在」として隔離され、教育や労働の機会さえも制限されています。これは、人種、性別、宗教、性的指向など、様々な理由で差別や偏見の対象となる人々の苦悩と重なります。イシグロは、クローンという極端な設定を用いることで、私たちが日常生活で見過ごしがちな、社会に潜む差別や抑圧の構造を浮き彫りにしています。
### 人間のエゴイズムと愛の不可能性
クローンたちは、自分たちの運命を受け入れながらも、人間と同じように愛や友情、希望を求めて生きています。しかし、彼らが人間社会に受け入れられることはなく、その願いは叶うことはありません。これは、人間のエゴイズムと、真の共存の難しさを浮き彫りにしています。
クローンは人間のために利用されるだけの存在であり、彼らの感情や幸福は軽視されています。主人公キャシーとトミーの悲恋は、人間とクローンという越えられない壁と、それでも芽生えてしまう愛の尊さを描いています。イシグロは、クローンを通して人間のエゴイズムを映し出すと同時に、真の愛や共感とは何かを問いかけます。