## イシグロのわたしたちが孤児だったころから学ぶ時代性
戦争の傷跡と記憶の曖昧さ
1930年代の上海を舞台にした「わたしたちが孤児だったころ」は、主人公クリストファー・バンクスの視点を通して、戦争と植民地主義が人々の心に刻む深い傷跡を描いています。幼い頃に両親を誘拐されたバンクスは、トラウマを抱えながらも探偵として成功を収め、大人になってから両親の失踪の真相を探ろうと上海に戻ります。しかし、そこで彼を待ち受けていたのは、記憶の曖昧さ、真実の隠蔽、そして戦争の残酷な現実でした。
バンクスの両親の失踪は、当時の中国における西洋列強の植民地支配や日中戦争の勃発と深く関わっており、個人的な喪失が歴史の大きなうねりと複雑に絡み合っています。また、バンクス自身の記憶も曖昧で、彼の回想は断片的で、時系列も前後するため、読者は彼と共に記憶の迷宮を彷徨い、真実を手探りで探っていくような感覚に陥ります。
アイデンティティの喪失と喪失感
バンクスは、幼くして両親と祖国を失い、イギリス人の養父母の元で育てられました。彼は西洋社会で成功を収めますが、どこか根無し草のような不安定さを抱え、自身のアイデンティティを確立することができません。彼の探偵としての仕事も、過去の謎を解き明かすことで、自分自身の存在意義を見出そうとする試みとも解釈できます。
このようなアイデンティティの喪失と喪失感は、戦争や植民地主義によって故郷や家族を奪われた人々の苦悩を象徴しています。バンクスのように、過去のトラウマから逃れることができず、心の傷を抱えながら生き続ける人々の姿は、戦争の残酷さとその後の影響の大きさを物語っています。
歴史認識の多様性と和解の難しさ
バンクスは上海で、過去の友人たちと再会し、両親の失踪に関する新たな事実を知ることになります。しかし、それぞれの登場人物が事件について異なる解釈をしており、真実を巡る対立が生まれます。これは、歴史認識の多様性と、過去の出来事をめぐる解釈がいかに複雑で困難であるかを浮き彫りにしています。
また、戦争や植民地支配がもたらした傷跡は深く、登場人物たちの間には、憎しみ、恨み、不信感が渦巻いています。バンクスは、両親の失踪の真相に近づくにつれて、真の和解の難しさに直面し、過去の傷跡を癒すことの困難さを痛感することになります。