## イシグロの『日の名残り』が関係する学問
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記憶研究
『日の名残り』の中心テーマの一つは記憶であり、特に過去をどのように思い出し、解釈するかが描かれています。主人公スティーブンスは、ダーリントン・ホールで執事として過ごした日々を回想しますが、彼の記憶は常に曖昧で、自己欺瞞に満ちています。これは、人間の記憶が客観的な記録ではなく、感情、主観、時間の経過によって変化するものであることを示唆しています。
作中では、スティーブンスが過去の出来事を美化したり、都合よく解釈したりする様子が繰り返し描かれます。彼はダーリントン卿を偉大な人物として記憶していますが、実際にはダーリントン卿はナチスに傾倒していたことが示唆されます。このことから、記憶は個人のアイデンティティや世界観に深く関わっている一方で、常に信頼できるものではないということが浮き彫りになります。
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歴史認識論
『日の名残り』は、歴史認識論、つまり過去をどのように理解し解釈するかという問題にも深く関わっています。作中の舞台は第二次世界大戦前のイギリスであり、ダーリントン・ホールは当時の政治の中心地として描かれます。しかし、スティーブンスは政治に関心を示さず、執事としての職務にのみ専念します。
スティーブンスの態度は、歴史の大きなうねりの中にあっても、個人の視点からはその全体像を把握することが難しいことを示唆しています。また、彼の過去の回想は、歴史が常に客観的に記録されるわけではなく、個人の主観や解釈によって歪曲される可能性を示唆しています。
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階級と社会構造
『日の名残り』は、1950年代のイギリスにおける階級と社会構造を描写し、当時の社会における階級間の溝や、階級が個人のアイデンティティや人間関係に与える影響を浮き彫りにしています。スティーブンスは執事として、常に自分の立場をわきまえ、感情を抑え、主人の意向に従うことを求められます。
作中では、スティーブンスと家政婦長のミス・ケントンとの関係が、階級の壁によって阻まれる様子が描かれます。二人は互いに好意を抱いているにもかかわらず、それぞれの立場がそれを許さず、最終的にミス・ケントンはダーリントン・ホールを去ります。このことから、当時の社会における階級の壁の高さ、そしてそれが個人の幸福を阻害する要因となり得ることがわかります。