アーレントの全体主義の起源と人間
全体主義の分析を通して浮き彫りになる人間の条件
ハンナ・アーレントの主著『全体主義の起源』は、20世紀に台頭したナチス・ドイツとスターリン主義ソ連という全体主義体制の unprecedented な性格を分析したものです。アーレントは、全体主義を単なる政治体制として捉えるのではなく、西洋文明の伝統と人間の条件そのものに深く根ざした新たな形態の政治と捉えました。
大衆社会の形成と孤独
アーレントは、全体主義の台頭を理解する上で、19世紀後半から20世紀初頭にかけてのヨーロッパ社会における大衆社会の形成が重要な要因であったと指摘します。産業革命や都市化の進展は、伝統的な社会構造を崩壊させ、無数の個人を孤立させました。所属意識やアイデンティティを失った大衆は、全体主義運動が提示する単純化されたイデオロギーや共同体意識に容易に魅了されていきました。
イデオロギーの役割：現実の否定と全体像への没入
アーレントは、全体主義の特徴の一つとして、イデオロギーが果たす役割の大きさを強調します。全体主義のイデオロギーは、複雑な現実を無視し、独自の論理に基づいた「架空の世界」を作り上げます。人々は、この閉鎖された思考体系の中で、現実の矛盾や不条理から目を背け、全体主義運動が提示する全体像に没入していくことになります。
恐怖による支配と悪の凡庸さ
全体主義体制は、恐怖による支配を特徴とします。秘密警察や強制収容所といった暴力装置を用いることで、体制への反対勢力を徹底的に弾圧します。アーレントは、アイヒマン裁判の観察を通して、全体主義体制下では、ごく普通の人間が残虐行為に加担してしまう可能性を指摘し、「悪の凡庸さ」という概念を提示しました。これは、思考停止に陥り、自己の責任を放棄した結果、誰もが悪の執行者になり得るという、人間の恐るべき可能性を示唆しています。