## アーレントの全体主義の起源が扱う社会問題
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国民国家の衰退と大量出現
アーレントは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、国民国家という枠組みが揺らぎ始め、伝統的な社会構造が崩壊していく様子を描写しています。産業革命による資本主義の隆盛は、都市への人口集中と貧富の格差拡大を生み出し、既存の社会秩序を崩壊させました。人々は伝統的な共同体や階級から切り離され、孤立化していく中で、アイデンティティの危機に直面しました。
このような状況下で、「大衆」と呼ばれる、政治的に無関心で孤立した人々の塊が出現しました。大衆は、具体的な目標や理念を持たず、感情的な結びつきによって容易に動員される存在として描かれています。アーレントは、全体主義運動が台頭する土壌として、この「大衆社会」の存在を重視しました。
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反ユダヤ主義の台頭
アーレントは、全体主義の重要な要素として、反ユダヤ主義に特に注目しています。19世紀後半のヨーロッパでは、経済的な不安定化や社会的な変動の中で、ユダヤ人はしばしばスケープゴートとされました。既存の社会秩序が崩壊していく中で、人々は不安や不満をユダヤ人に投影し、排他的なナショナリズムが台頭していきました。
アーレントは、反ユダヤ主義を単なる偏見や差別ではなく、近代社会特有の現象として捉えました。彼女は、近代社会におけるユダヤ人の立場を、国家や社会に完全に同化できない「よそ者」として分析しました。そして、全体主義運動が、この「よそ者」に対する憎悪を利用し、人々を動員していったことを指摘しています。
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帝国主義と人種主義の拡大
アーレントは、全体主義の起源を理解する上で、19世紀後半の帝国主義の拡大も重要な要素として挙げます。ヨーロッパ列強による植民地支配は、白人優越主義に基づく人種差別的なイデオロギーを生み出し、それが後の全体主義運動にも影響を与えたと彼女は考えています。
帝国主義は、ヨーロッパの人々に「劣った人種」を支配する経験をもたらし、暴力や支配に対する抵抗感を麻痺させました。また、植民地における人種隔離政策や強制収容所の設置は、後の全体主義体制におけるジェノサイドの先駆けとなったとアーレントは指摘しています。
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政治的思考の衰退
アーレントは、全体主義の台頭を招いた要因として、政治的な思考の衰退も指摘しています。彼女は、近代社会において、人々が批判的な思考能力を失い、プロパガンダやイデオロギーに容易に操作されるようになったと分析しました。
全体主義運動は、単純化されたスローガンや感情的なプロパガンダを用いることで、人々の理性的な思考を麻痺させました。アーレントは、全体主義に対する抵抗のためには、一人ひとりが批判的な思考力を取り戻し、積極的に政治に参加することが重要だと訴えました。