## アトウッドのまたの名をグレイスから学ぶ時代性
19世紀のカナダにおける女性の立場
「またの名をグレイス」は、19世紀のカナダを舞台に、実際に起きた殺人事件をもとに、ひとりの女中の視点から物語が展開されます。主人公グレイス・マークスは、雇い主とその愛人を殺害した容疑で逮捕され、終身刑を言い渡されます。
当時のカナダは、イギリスからの独立へ向けて揺り動くなかで、女性の社会的地位は非常に低いものでした。女性は男性に従属する存在とされ、教育や就労の機会も限られていました。特に、グレイスのような労働者階級の女性たちは、貧困や暴力、搾取といった厳しい現実に直面していました。
作中では、グレイスが仕える裕福な家庭と、彼女自身の置かれた貧しい環境との対比が鮮明に描かれています。また、グレイスを取り巻く男性たちの視線や言動を通して、当時の女性に対する偏見や差別が浮き彫りになります。
階級社会とジェンダー
19世紀のカナダは、階級社会が色濃く残る時代でした。裕福な上流階級と、貧しい労働者階級との間には、大きな経済的・社会的な格差が存在していました。グレイスは、アイルランドからの移民という立場に加え、女性であり、さらに貧しい家庭の出身という三重の困難に直面していました。
当時の社会では、女性は結婚によってのみ社会的な地位を向上させることができると考えられていました。しかし、グレイスのように貧しい家庭の出身の女性にとって、良縁に恵まれる可能性は極めて低いものでした。
精神医療の未発達
「またの名をグレイス」では、精神医療の未発達さも重要なテーマとして描かれています。グレイスは、事件のショックから記憶の一部を失っており、自身の犯行についても曖昧な記憶しかありません。
当時の精神医学は、現代に比べてはるかに未発達であり、精神疾患に対する理解も十分ではありませんでした。作中では、グレイスの精神状態を解明しようと試みる医師たちが登場しますが、彼らの治療法は現代から見ると非科学的で、時には残酷なものに映ります。
グレイスの記憶の曖昧さは、事件の真相をより複雑にするだけでなく、当時の精神医療の限界と、精神疾患を抱える人々に対する偏見を浮き彫りにしています。