エリック・カンデルの 「なぜ脳はアートがわかるのか: 現代美術史から学ぶ脳科学入門」は、芸術と脳科学の間の明確な橋渡しを試みる革新的な本です。
この本では、カンデルが二つの領域における還元主義（部分に注目するアプローチ）の使用を調査します。彼は、特に視覚芸術と脳の視覚認識と感情応答の働きとの間に存在する類似性を掘り下げます。
カンデルは、抽象的な芸術（特に抽象表現主義）が、視覚芸術がどのように脳に影響を与え、また脳がどのように芸術を理解するかについての洞察を与えてくれると主張します。抽象表現主義は、対象をその基本的な形状や色に還元することで、視覚経験の純粋な形態を追求します。これは、脳が視覚情報を処理し、意味を創造する方法に似ています。
また、カンデルは、科学者と芸術家が同様の問いを異なる方法で探求することを示し、それゆえに彼らが互いから学べることがあると述べています。カンデルは、科学者が問題を還元主義的にアプローチし、それらを理解しやすい部分に分解する一方で、芸術家はより直感的で全体的な視点から問題を解釈します。
全体として、カンデルの “Reductionism in Art and Brain Science” は、芸術と科学の間の対話を刺激するための重要な貢献をしています。この本は、視覚芸術と脳科学が互いにどのように影響を与えうるか、そしてそれらがどのように結びついているかを理解するための新たな視点を提供します。
特に抽象表現主義のアーティストたちが重点的に取り上げられています。以下にいくつか例を挙げます：
- ジャクソン・ポロック：彼の落書きのような”ドリップ・ペインティング”は、抽象表現主義の象徴的な作品となっています。カンデルは、ポロックの作品が視覚体験の純粋な形態を追求し、観察者の脳にどのように影響を与えるかを探求します。
- ウィレム・デ・クーニング：カンデルはデ・クーニングの「女性」シリーズを詳細に分析し、これらの抽象的な描写が観察者の脳にどのように作用し、強烈な感情的反応を引き出すかを探ります。
- マーク・ロスコ：彼の大きくて抽象的な「色彩フィールド」絵画は、色と形の感覚的な体験を重視します。カンデルは、これらの作品がどのように観察者の視覚認知と感情反応を刺激するかを分析します。
これらのアーティストたちは、視覚芸術が観察者の脳にどのように影響を与え、感情的な反応を引き出すかを理解するための視点を提供します。そのため、彼らの作品はカンデルの調査の中心に位置付けられています。
ジャクソン・ポロックの作品と脳科学の関連性について解説する際、重要な要素の一つは「パターン認識」です。人間の脳は情報を処理し解釈するために、パターンやパターンの中に存在する規則性を探し求めます。これは抽象的な思考や創造性を可能にしている要素の一つでもあります。
ポロックの作品、特に彼の代表的な「ドリップペインティング」は、その一見乱雑そうな線の中にも繊細なパターンやリズムが存在します。これらのパターンやリズムは、観る者の脳に刺激を与え、さまざまな感情や想像を引き立てます。これは、脳が複雑なパターンを解釈し、それに意味を見つけようとする能力を利用しています。
また、脳科学的な視点から見ると、ポロックの作品は視覚的な情報のみならず、運動情報や時間情報に対する刺激も含んでいます。画面全体に広がる線の流れは視覚的に感じる動きを生み出し、その動きが時間を経てどのように変化するかを描き出しています。これは、脳が多様な情報を統合し、一つの「経験」として理解する能力、いわゆる「多感覚統合」を刺激します。
したがって、ジャクソン・ポロックの作品は、観る者の脳に対して複数のレベルで働きかけるため、その鑑賞は非常に豊かな経験となり得ます。これは、脳科学と芸術が交差する一例といえるでしょう。
この本では、人間が美術作品を鑑賞するときに、どのように脳が作品を理解し、感じるのかを詳しく探求しています。視覚芸術の視点から、私たちの脳が色や形、空間、運動などの視覚的情報をどのように処理し、解釈するのかを考察します。
例えば、視覚系の神経が色や形をどのように認識するのか、空間認知がどのように行われるのか、感情や記憶がどのように関与するのかといった具体的な認知プロセスについて詳細に解説しています。
また、抽象的な作品や現代美術の作品をどのように我々の脳が解釈するのか、という観点からもアートと脳科学の関連性を探求しています。この過程で、美術作品が私たちの認知、思考、感情にどのように影響を及ぼすのかを理解するための視点を提供しています。
これらの解説は、アートの鑑賞が単なる美の体験だけでなく、脳の機能や働きを理解するための重要な手がかりでもあることを示しています。