## 川端康成の雪国の思考の枠組み
美と醜悪の対比
「雪国」では、主人公の駒子と葉子の対比を通じて、美と醜悪が鮮やかに描かれています。芸者である駒子は、都会の男である島村にとって、雪国という非日常空間における美の象徴です。彼女の美しさは、雪の白さや静けさの中でより一層際立ちます。一方、葉子は、その境遇や容姿から、駒子とは対照的な存在として描かれています。島村は、葉子の容姿に醜さを感じながらも、同時に、その純粋さやひたむきさに惹かれていきます。
現実と虚構の境界線
島村は、雪国という幻想的な空間で、現実と虚構の間を彷徨います。彼は、駒子との恋愛を現実のものとして受け入れることができず、どこか冷めた視線で彼女を見つめています。駒子に対する愛情と距離感は、島村自身の現実逃避的な生き方を反映しているとも言えます。また、芸者という虚構の世界に生きる駒子もまた、島村との関係に真の愛情を求めながらも、それが叶わぬものと悟っています。
時間の流れと無常観
雪深い山村という閉鎖的な空間で、登場人物たちは、永遠に続くかのような冬の景色の中で、人生のはかなさを感じ取ります。駒子の美しさは、やがて衰えていく運命にあり、葉子の純粋さも、厳しい現実によって失われていく可能性を孕んでいます。島村は、雪国での一時的な逃避の中で、時間の流れの無常さと向き合わざるを得ません。