ヤーコブソンの言語学と詩学に影響を与えた本
フェルディナン・ド・ソシュールの『一般言語学講義』の影響
ロマン・ヤーコプソンは20世紀の最も影響力のある言語学者・文芸理論家の一人であり、その業績は言語学、文芸批評、記号論、スラヴ研究など多岐にわたります。彼の業績の根底にあるのは、言語とその機能に対する深い関心、そして文学における言語の特殊な役割に対する関心でした。彼の言語学的・詩学的思考の発展に大きな影響を与えた一冊の本は、フェルディナン・ド・ソシュールの『一般言語学講義』です。この本は、20世紀初頭に出版されたもので、言語学という分野を大きく変え、ヤーコプソンを含む多くの学者に影響を与えました。
ソシュールの『一般言語学講義』は、言語を研究するための新しいアプローチを提示した画期的な著作でした。ソシュール以前は、歴史言語学が言語学の主流であり、それは時間の経過に伴う言語の変化を研究することに焦点を当てていました。ソシュールは、言語をある時点における記号の体系として、つまり共時的視点から研究することの重要性を強調し、言語の構造と組織に関心を持ちました。彼は、言語記号は恣意的で、他の記号との関係によってのみ意味を持つと主張しました。
ソシュールはまた、言語にはラング(langue)とパロール(parole)という二つの側面があると主張しました。ラングとは、特定の言語を話す全ての人々に共有されている、抽象的で体系的な言語の規則や慣習を指します。パロールとは、特定の状況における言語の具体的な使用、つまり個々の発話や文章を指します。ソシュールは、言語学の真の対象は、個々の発話や文章ではなく、ラング、つまり言語の背後にある体系であると主張しました。
『一般言語学講義』で示されたソシュールの思想は、言語学者としてのヤーコプソンの知的発達に大きな影響を与えました。ヤーコプソンは、言語の共時的分析の重要性と、言語を記号の体系として理解することの重要性をソシュールから学びました。しかし、ヤーコプソンはソシュールの考えをそのまま受け入れたのではありません。彼はソシュールの考えを批判的に吟味し、独自の言語学理論を構築するために、それを発展させました。例えば、ヤーコプソンは、ソシュールの言語の二元論(ラングとパロール)をさらに発展させ、言語の六つの機能という概念を提唱しました。
ソシュールの影響は、ヤーコプソンの詩学理論にも見られます。ソシュールの言語の恣意性と差異の概念は、ヤーコプソンの詩的機能の概念において中心的な役割を果たしました。ヤーコプソンにとって、詩的機能は、言語に内在する自己言及的な側面を強調し、メッセージの形式に注意を向けることによって機能します。ソシュールの言語記号は差異によって定義されるという考え方を発展させて、ヤーコプソンは、詩は言語の通常の規則から逸脱し、言語形式自体に注意を向けることによって、言語の差異を強調すると主張しました。
結論として、フェルディナン・ド・ソシュールの『一般言語学講義』は、ロマン・ヤーコプソンの言語学と詩学の形成に大きな影響を与えました。ソシュールの言語を記号の体系として理解するという考え方は、言語に対するヤーコプソンの構造主義的アプローチに影響を与え、彼の言語機能の理論と詩的機能の概念の基礎となりました。ヤーコプソンはソシュールの考え方を批判的に発展させ、言語学と文芸批評の両方に多大な貢献をしましたが、彼の業績はソシュールの先駆的な業績なしには考えられません。