メルヴィルのビリー・バッドの表現
表現: 登場人物描写
メルヴィルは登場人物の描写に際し、その外見や行動だけでなく、象徴的な意味合いを持たせた名前や比喩表現を用いることで、多層的な人物像を描き出している。
たとえば、主人公のビリー・バッドは、「ハンサムな海の若者」と表現され、その純粋さや無垢さを象徴する存在として描かれている。一方、彼と対照的な存在として描かれるのが、知的で冷酷なマスター・アット・アームズのクリーグガードである。彼の名前は「爪」と「守る」を意味するドイツ語を組み合わせたものであり、彼の厳格で容赦のない性格を表している。
また、メルヴィルは登場人物の対話を通して、彼らの内面や関係性を浮き彫りにする。ビリーは言葉が拙いため、しばしば自分の気持ちをうまく表現できない。一方、クリーグガードは雄弁で、自分の考えや感情を巧みに操る。二人の対話を通して、善と悪、無垢と経験といった対照的なテーマが浮かび上がってくる。
表現: 象徴
「ビリー・バッド」は、登場人物、事物、出来事などに象徴的な意味合いを込めることで、物語に深みと複雑さを与えている。
例えば、ビリーの吃音は、彼の純粋さと無垢さの象徴であると同時に、彼が置かれた不条理な状況における無力さを表している。また、物語の舞台となる軍艦「ベレロフォン」は、ギリシャ神話の英雄ベレロフォンにちなんで名付けられているが、これは皮肉な象徴となっている。なぜなら、英雄ベレロフォンは怪物キマイラを倒したが、最後は神々の怒りを買い、悲劇的な末路を遂げることになるからである。
さらに、メルヴィルは光と影のコントラストを効果的に用いることで、善と悪、正義と不条理といった対立するテーマを強調している。ビリーはしばしば光と関連付けられ、彼の明るく朗らかな性格を表している。一方、クリーグガードは影や闇と結びつけられ、彼の邪悪な本性を暗示している。
表現: 語り
「ビリー・バッド」は、全知的な語り手によって語られるが、その視点は客観的なものではなく、登場人物たちの内面に入り込み、彼らの葛藤や心情を描き出す。
語り手はしばしば、読者に対して直接語りかけ、登場人物の行動や出来事に対する解釈を提示する。しかし、語り手は常に客観的な立場を保つわけではなく、時には登場人物に対して共感したり、疑問を呈したりする。
また、語り口は詩的で、比喩や象徴を多用することで、物語に重厚感と奥行きを与えている。複雑な文章構造や難解な単語も用いられるため、読解には一定の集中力を要する。