ヘルダーの言語起源論の対称性
ヘルダーの言語起源論における音と意味の対称性
ヨハン・ゴットフリート・ヘルダーは、18世紀ドイツの哲学者、神学者、詩人であり、言語の起源と発達に関する独自の思想で知られています。彼の主著『人間の言語の起源について』(1772年)の中で、ヘルダーは人間言語の起源が、音と意味の密接な関係、つまり「対称性」に基づくと主張しました。
ヘルダーは、人間が自然界の音を模倣することから言語が生まれたとする従来の音声説を批判しました。彼は、動物も自然の音を模倣するものの、言語を持たないことを指摘し、言語の起源には人間特有の精神的な能力が不可欠であると主張しました。
ヘルダーによれば、言語の起源は、人間が内的感覚と外的感覚を結びつける能力、すなわち「Besonnenheit」(内省)を獲得したことにあるとされます。人間は内省を通して、自身の内的状態を認識し、それを外部に表現する必要を感じます。この内的状態と外的表現の対応こそが、ヘルダーが考える音と意味の対称性です。
ヘルダーは、初期言語においては、音と意味が未分化な状態で結びついており、特定の音は特定の意味と直接的に対応していたと考えていました。例えば、「熱い」という概念は、喉の奥から発せられる荒い音と結びつき、「冷たい」という概念は、口の前方から発せられる鋭い音と結びついていたとされます。
ただし、ヘルダーは、この音と意味の対称性が、言語の進化とともに失われていくことも認識していました。言語が複雑化し、抽象的な概念を表すようになるにつれて、音と意味の直接的な対応関係は薄れていくと考えたのです。
ヘルダーの言語起源論は、その後の言語学に多大な影響を与えました。特に、言語を静的な記号体系としてではなく、人間の思考や文化と密接に結びついた動的なシステムとして捉える視点は、現代の言語学においても重要な示唆を与え続けています。