ブローデルの地中海の対称性
地中海世界における対称性の概念
フェルナン・ブローデルの著作『地中海』は、地中海という地理的空間を、歴史、文化、経済、社会といった多角的な視点から分析した記念碑的作品です。本著においてブローデルは、「対称性」という概念を明示的に用いてはいません。しかし、地中海世界を構成する様々な要素間の相互作用や、地域間の差異と共通性を浮かび上がらせる彼の分析手法は、独自の「対称性」の考察と言えるでしょう。
地理的対称性と多様性
地中海は、ヨーロッパ、アジア、アフリカという三つの大陸に囲まれた閉鎖的な海域です。この地理的特性が、地中海世界に独自の対称性をもたらしました。東西に長く伸びた地中海は、海上交通を通じて様々な文化や経済活動が交わる場となり、古代から文明の十字路として機能してきました。
経済活動における対称性と地域間格差
ブローデルは、地中海における経済活動を分析する上で、「世界経済」と「日常生活の経済」という二つのレベルに注目しました。国際的な貿易や金融活動が活発に行われる「世界経済」は、地中海世界の主要都市を結ぶネットワークを形成し、経済的な対称性を生み出しました。一方、「日常生活の経済」は、農業や牧畜といった自給自足的な経済活動を中心としており、地域ごとに独自の文化や社会構造を生み出す要因となりました。
文化交流と対称性
地中海は、海上交通を通じて様々な文化が交差し、融合する場でもありました。古代ギリシャ文明やローマ帝国の影響は、地中海沿岸地域に共通の文化基盤を形成しました。一方、イスラム文化や東方文化の影響もまた、地中海世界の多様性を形作る上で重要な役割を果たしました。このように、地中海世界における文化交流は、共通性と多様性という二重の対称性を生み出す要因となりました。
時間軸における対称性:長期持続と変化
ブローデルは、「ロングデュレ」という概念を提唱し、地中海世界における歴史的変化を長期的な視点から捉えました。地中海は、地理的条件や気候条件が比較的安定しているため、文化、経済、社会構造といった面において長期的な持続性が認められます。しかし、同時に、十字軍や大航海時代といった歴史的転換期には、外部からの影響を受けて大きな変化を遂げてきました。このように、地中海世界は、長期的な持続性と断続的な変化という時間軸における対称性を示しています。