フローベールの感情教育に影響を与えた本
バルザック「幻滅」の影響
ギュスターヴ・フローベールの傑作「感情教育」は、1848年のフランス二月革命を背景に、理想と現実の狭間で揺れ動く若者たちの愛と野心を、繊細な筆致で描いた作品です。フローベール自身、この作品について「自分の青春の物語を描いた」と語っており、当時の社会や文化、そして彼自身の経験が色濃く反映されていると言えます。
数多くの文学作品から影響を受けたと言われる「感情教育」ですが、その中でも特に重要な位置を占めているのが、オノレ・ド・バルザックの「幻滅」です。バルザックは「人間喜劇」と題した壮大な作品群で19世紀フランス社会を活写した作家であり、フローベールも彼の作品を高く評価し、多大な影響を受けていました。
「幻滅」は、詩人を志してパリに出てきた青年リュシアンが、上流社会の虚栄やジャーナリズムの腐敗に翻弄され、挫折していく様を描いた小説です。理想に燃えていた青年が、現実社会の厳しさに打ちのめされ、精神的に破滅していく姿は、「感情教育」の主人公フレデリックの運命と重なる部分が多く見られます。
両作品に共通するのは、当時のフランス社会に対する鋭い批判精神です。バルザックは「幻滅」の中で、金と権力がすべてを支配する上流社会の空虚さや、堕落したジャーナリズムの世界を容赦なく描いています。フローベールもまた、「感情教育」において、ブルジョワジーの偽善や革命の熱狂と挫折を冷めた目線で描き、当時の社会に対する幻滅を表現しています。
また、「幻滅」の影響は、単にテーマや社会背景の描写にとどまりません。登場人物の造形や物語の構成、文体などにも、バルザックの影響は色濃く現れています。例えば、「幻滅」の主人公リュシアンは、繊細で感受性が強く、理想主義的な性格の持ち主ですが、これは「感情教育」のフレデリックと共通する性格設定です。
さらに、両作品とも、当時の社会をリアルに描くために、膨大な量のディテールを積み重ねる写実的な描写を用いている点も共通しています。バルザックは「人間社会の書記官」を自称し、徹底的な取材に基づいたリアリティを追求しました。フローベールもまた、バルザックの手法を受け継ぎ、綿密な観察と調査に基づいた写実的な描写によって、登場人物たちの心理や社会の雰囲気を生き生きと描き出しています。
「感情教育」は、バルザックの「幻滅」から多大な影響を受け、独自の文学世界を構築した作品と言えるでしょう。フローベールは、バルザックの鋭い社会観察力や人間心理の描写力、そして写実的な文体を吸収し、さらに洗練された形で自身の作品に昇華させたのです。