## フッサールのヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学と人間
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ヨーロッパ諸学の危機
第一次世界大戦後のヨーロッパは、深刻な政治的、社会的、そして精神的な危機に直面していました。 第一次世界大戦の惨禍は、それまでのヨーロッパ社会を支えていた価値観や理性に対する深い懐疑を生み出しました。 進歩史観や科学主義への信頼は揺らぎ、人々は不安と虚無感に苛まれました。こうした時代背景の中、フッサールは1935年から1936年にかけて行った講義や論文において、当時のヨーロッパの学問が深刻な危機に瀕していると主張しました。これが「ヨーロッパ諸学の危機」と呼ばれるものです。
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危機の原因
フッサールはこの危機の原因を、近代科学の成立にまで遡って考察しました。彼によれば、ガリレオ・ガリレイに始まる近代科学は、自然を数学的に捉え、客観的な法則を発見することに成功しました。しかし、この成功は同時に、自然を「価値や意味を欠いた単なる存在」として捉える態度を生み出しました。そして、この態度は、人間存在自身をも含む、世界全体の「意味の喪失」へと繋がっていったとフッサールは批判します。 つまり、客観的で厳密な知識の追求は、人間の生や文化、倫理といった「生きた現実」から遊離し、結果として人間存在を根底から支える「意味の地盤」が失われてしまったことが、ヨーロッパ諸学の危機の根本的な原因だとフッサールは考えたのです。
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超越論的現象学
フッサールは、このような危機を克服するために、「超越論的現象学」という哲学を提唱しました。 彼は、近代科学が陥った「客観主義」と「自然主義」を乗り越え、人間存在にとっての世界の意味を明らかにすることを目指しました。
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現象学的還元
超越論的現象学において重要な概念が、「現象学的還元」です。これは、我々が当然視している前提や偏見をすべて括弧に入(カッコにい)れ、事物をありのままに直観することによって、事物の本質を明らかにしようとする方法です。フッサールは、この方法によって、客観的な世界についての知識を超え、我々の意識に現れる「現象」そのものを探求しようとしました。
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意図性
フッサールは、人間の意識を特徴づけるものとして、「意図性」という概念を重視しました。 意図性とは、意識は常に何かに「向かっている」という性質を指します。 私たちは何かを知覚したり、想像したり、判断したりするとき、常に何らかの対象を「意図」しています。 フッサールは、この意図性を分析することによって、世界と人間の意識の関係を明らかにしようとしました。
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生活世界
フッサールは、現象学的還元と意図性の分析を通じて、「生活世界」という概念に到達しました。生活世界とは、科学的な客観的世界とは異なる、我々が日常的に生きている世界のことです。生活世界は、我々にとって自明な意味や価値観によって成り立っており、科学的な分析の対象となる以前の、より根源的な世界であると彼は考えました。 フッサールは、生活世界を分析することによって、人間存在にとっての世界の意味を明らかにし、ヨーロッパ諸学の危機を克服しようとしたのです。