フォークナーの響きと怒りの力
小説における時間と意識の扱い方
「響きと怒り」は、時間と意識の複雑な構成が特徴です。フォークナーは、伝統的な時系列的な物語を放棄し、断片化された、多視点からのアプローチを採用しています。この小説は、異なる四つのセクションに分かれており、それぞれが異なる語り手を持ち、独自の時間軸と視点で物語が展開されます。
ベンジャミンによる時間認識
最初のセクションは、知的障害を持つベンジャミン・コンプソンの視点で語られます。ベンジャミンは、過去、現在、未来を区別することができず、彼の意識は、時間の中を自由に漂い、断片的なイメージや感覚、記憶が混在しています。 このセクションの難解で非線形なスタイルは、ベンジャミンの混乱した内的世界を反映しており、読者は、彼の意識の流れに没頭することで、時間と記憶の不安定な性質を体感させられます。
クェンティンとジェイソンの視点
クェンティンが語る第二セクションは、彼の自殺の日に焦点を当て、彼の意識の流れを通して、過去と現在の出来事が複雑に絡み合います。妹キャディへの執着と、それがもたらす南部の伝統的な価値観との葛藤に苦しむクェンティンの精神状態が露わになっていきます。第三セクションは、冷酷で利己的なジェイソンが語り、彼の視点は、家族や社会に対する怒りと恨みに満ちています。ジェイソンは、現実主義的な視点を持つ一方、歪んだ自己中心的思考に囚われており、彼の語りを通して、コンプソン家の崩壊と腐敗が浮き彫りになります。
ディルシーの視点と客観的な視点
最後のセクションは、黒人の家政婦ディルシーの視点から語られ、彼女は長年にわたってコンプソン家に仕えてきた女性です。ディルシーは、他の登場人物とは異なり、客観的で洞察力に富んだ視点を持っています。彼女は、コンプソン家の崩壊を目の当たりにし、その原因と結果を理解していますが、同時に、家族に対する愛情と忠誠心も抱いています。ディルシーのセクションは、他のセクションとは対照的に、より伝統的な物語スタイルで書かれ、コンプソン家の物語に一定の秩序と理解をもたらします。
南部の歴史と文化への言及
「響きと怒り」は、アメリカ南部、特にミシシッピ州を舞台にしており、その歴史、文化、社会的な問題が作品全体に深く織り込まれています。フォークナーは、奴隷制の遺産、人種差別、階級格差、伝統的な価値観の崩壊など、南部の複雑な過去と現在を描き出しています。コンプソン家の没落は、かつて栄華を誇った南部の貴族社会の衰退を象徴しており、フォークナーは、変化する時代の中で、南部が直面するアイデンティティの危機を探求しています。