ピレンヌのベルギー史の思想的背景
1. 19世紀後半のベルギーという国家
ピレンヌが「ベルギー史」を著した19世紀後半、ベルギーは1830年の独立から間もない、歴史の浅い国家でした。そのため、国民国家としてのアイデンティティを確立することが喫緊の課題となっていました。ピレンヌ自身も、自らの歴史研究を通じて、ベルギーという国家の独自性を明らかにし、国民意識の形成に貢献しようとしていたことがうかがえます。
2. ポジティヴィズムの影響
ピレンヌは、当時の歴史学界を席巻していた実証主義(ポジティヴィズム)の影響を強く受けていました。ポジティヴィズムは、客観的な史料に基づいた実証的な研究を重視する歴史観です。ピレンヌは、膨大な史料を渉猟し、詳細な事実の積み重ねによって、ベルギー史を客観的かつ体系的に記述しようと試みました。彼の著作は、史料批判に基づいた緻密な考証と、明晰な文章によって特徴づけられます。
3. ランケの影響
ピレンヌは、ドイツの歴史家レオポルト・フォン・ランケの史学 methodology からも大きな影響を受けました。ランケは、史料を批判的に分析し、過去を「そのまま」に理解することを重視しました。ピレンヌもまた、史料を客観的に解釈し、自らの主観や偏見を排除しようと努めました。彼は、歴史家の役割は「事実を語らせる」ことであると信じていました。
4. 社会経済史への関心
ピレンヌは、政治史や外交史だけでなく、社会経済史にも深い関心を寄せていました。彼は、経済活動や社会構造が歴史の展開に大きな影響を与えると考えていました。特に、都市と商業の発展に注目し、中世後期から近代にかけてのヨーロッパ社会の変容を分析しました。彼の代表作の一つである「ヨーロッパ世界の形成」では、イスラーム世界の興隆と衰退が、ヨーロッパ経済に決定的な影響を与えたことを論じています。