ピレンヌのベルギー史の原点
アンリ・ピレンヌと彼の時代
アンリ・ピレンヌ(1862-1935)は、ベルギーを代表する歴史家の一人です。彼はリエージュ大学で歴史学を学び、その後、同大学で教授を務めました。ピレンヌが歴史研究を始めた19世紀後半は、ヨーロッパ史の枠組みが大きく見直されつつあった時代でした。
従来のベルギー史観への疑問
当時のベルギー史は、1830年のベルギー独立を起点とした国家主義的な歴史観が主流でした。しかし、ピレンヌは、この見方に疑問を抱きます。彼は、中世から続く長い歴史的な視点からベルギーを見ることで、従来の歴史観とは異なるベルギー像を描き出そうとしました。
経済史からのアプローチ
ピレンヌは、歴史を動かす大きな力として、政治や思想よりも経済に注目しました。彼は、特に都市と商業の役割に着目し、中世ヨーロッパにおける経済発展と社会構造の変容を分析しました。彼の代表作『ヨーロッパ世界の成立』(1927-35)は、この経済史的な視点から書かれた壮大なヨーロッパ通史です。
ピレンヌテーゼ:イスラームとヨーロッパ
ピレンヌは、『マホメットとシャルルマーニュ』(1937)の中で、イスラームの登場がヨーロッパ史に決定的な影響を与えたという独自の解釈を展開しました。これは「ピレンヌテーゼ」と呼ばれるようになり、その後の歴史学に大きな影響を与えました。彼は、イスラーム勢力の拡大によって地中海貿易が断絶したことが、西ヨーロッパを内向きにし、封建制社会を成立させたと主張しました。
ピレンヌのベルギー史観
ピレンヌは、ベルギー史においても、経済史的な視点と「ピレンヌテーゼ」に基づいた独自の解釈を展開しました。彼は、フランドル地方における毛織物産業の発展に着目し、中世後期から近世にかけて、この地域がヨーロッパ経済の中心地の一つとして栄えたことを明らかにしました。また、彼は、ベルギーの南北の文化的・経済的な差異は、ローマ帝国時代からの長い歴史の中で形成されたものであると分析しました。