ハイデガーの存在と時間と言語
ハイデガーにおける言語の重要性
マルティン・ハイデガーの主著『存在と時間』（1927年）において、言語は単なるコミュニケーションの道具ではなく、人間存在のあり方そのものを規定する根本的な要素として位置づけられています。ハイデガーは、伝統的な西洋哲学が言語を「存在者の表象」として捉えてきたことを批判し、言語を「存在の開示」として理解することを主張します。彼によれば、我々は言語を通じて世界内に「投げ込まれた」存在であり、言語によって世界を理解し、自身を世界と関係づけるからです。
現存在と語り
ハイデガーは、人間存在を「現存在」（Dasein）と呼び、その本質を「世界-内-存在」（In-der-Welt-sein）として規定します。現存在は、常に世界と関わり合い、世界の中で「心配」（Sorge）し、可能性に向かって「先駆」（Sein zum Tode）する存在です。そして、この世界-内-存在を可能にするのが言語です。ハイデガーは、現存在を「語り」（Rede）として理解し、言語を通して世界を解釈し、自身を世界に位置づけると考えました。
日常言語と本来的な語り
ハイデガーは、日常的に用いられる言語を「世間話」（Gerede）と呼び、本来的な意味での「語り」とは区別します。世間話は、既存の解釈や偏見に囚われ、真の存在理解を覆い隠してしまうからです。一方、本来的な「語り」は、存在の真実を開示し、現存在を本来的な自己へと導くものです。ハイデガーは、詩や思想などの言語表現に、この本来的な「語り」の可能性を見出しています。
沈黙と聞き入る
ハイデガーは、本来的な「語り」に至るためには、「沈黙」（Schweigen）と「聞き入る」（Hören）ことが重要であると説きます。世間話に満ちた日常から距離を置き、沈黙の中で存在の声に耳を傾けることによって、初めて本来的な「語り」が可能になるからです。ハイデガーは、この「聞き入る」ことを通じて、存在の真実が開示され、現存在は自身の存在の有限性と向き合うことができると考えました。