## ドワーキンの法の帝国の周辺
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概要
「法の帝国」は、アメリカの哲学者・法学者ロナルド・ドワーキンが1986年に発表した、法哲学上の代表作です。この著作でドワーキンは、裁判官は法適用において道徳的判断を排除することはできず、むしろ積極的に依拠すべきであるという「法と道徳の一元論」を主張しました。本稿では、「法の帝国」の内容そのものよりも、その周辺に焦点を当てて解説していきます。
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論点と背景
ドワーキンの「法の帝国」は、主に以下の3つの論点を中心に展開されます。
1. **法の解釈における道徳の役割:** ドワーキンは、裁判官が過去の判例や法令を解釈する際には、単に条文の文言や過去の判決の結論だけを見るのではなく、そこに込められた道徳的な原則を解釈し、適用する必要があると主張しました。
2. **「唯一の正解」テーゼ:** ドワーキンは、どんなに複雑な法的問題であっても、法解釈を尽くせば、唯一の正解にたどり着けると考えました。これは、法の客観性と、裁判官の判断の予測可能性を保障するための主張です。
3. **「鎖小説」の比喩:** ドワーキンは、法の解釈と発展を「鎖小説」の執筆になぞらえました。それぞれの裁判官は、過去の判決という「前の章」を受け継ぎ、そこに新たな解釈を加えることで、「次章」を書き進めていく存在だとされます。
これらの論点は、当時の英米法哲学における主要な論争であった、法実証主義と自然法論の対立を背景に展開されました。ドワーキンの主張は、法の解釈における道徳の役割を強調する点で自然法論に近いとされますが、自然法論のように普遍的な道徳原理の存在を前提とするのではなく、あくまで特定の法体系の内部における道徳的整合性を重視する点で、独自の立場を築いています。
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影響と批判
「法の帝国」は、出版後大きな反響を呼び、現代法哲学における古典的な著作としての地位を確立しました。ドワーキンの主張は、法の解釈における道徳の重要性を再認識させ、その後の法哲学、憲法学、法解釈論に多大な影響を与えました。特に、法の解釈における道徳的推論の重要性を強調したことは、後のアメリカの法曹界や司法判断にも一定の影響を与えたと評価されています。
一方で、「法の帝国」は、以下のような点を中心に批判も受けてきました。
* **道徳の客観性に対する疑問:** ドワーキンの「唯一の正解」テーゼは、道徳判断にも客観的な基準が存在することを前提としていますが、道徳は時代や文化によって変化するものであり、客観的な基準を見出すことは難しいという批判があります。
* **裁判官の権限の拡大に対する懸念:** ドワーキンの理論は、裁判官に広範な道徳的判断を委ねることになり、法の安定性や民主主義的な統制を損なう可能性があるという懸念があります。
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現代社会における意義
「法の帝国」は、法と道徳の関係、裁判官の役割、法の解釈など、現代社会においても重要な問題を提起しています。特に、人工知能の発達やグローバル化の進展など、法を取り巻く環境が大きく変化する中で、ドワーキンの理論は、法のあり方や裁判官の役割について、改めて問い直すための重要な視点を提供しています。