## トルストイのクロイツェル・ソナタから学ぶ時代性
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結婚観の変遷
「クロイツェル・ソナタ」は、19世紀後半のロシアを舞台に、夫婦間の愛憎劇を描いた作品です。当時のロシアでは、結婚は家と家の結びつきという考え方が根強く、恋愛結婚は一般的ではありませんでした。
作中では、主人公ポズドヌイシェフは、妻との結婚生活を「動物的な結合」と表現し、激しい嫌悪感を露わにします。これは、恋愛感情抜きで行われる結婚に対する、トルストイ自身の批判的な視点を反映していると考えられます。
一方、当時のロシア社会では、女性の社会進出が徐々に進み始めていました。女性の教育水準も上がり、経済的な自立を求める女性も増えつつありました。
このような時代の変化の中で、「クロイツェル・ソナタ」は、従来の結婚観に疑問を投げかけ、新たな夫婦のあり方を模索する作品としても読めます。
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性と罪の意識
「クロイツェル・ソナタ」は、性描写の過激さから、発表当時大きな波紋を呼びました。トルストイは、性衝動と罪の意識の葛藤を、ポズドヌイシェフの独白を通して克明に描いています。
当時のロシア正教会は、禁欲主義的な性道徳を強く説いていました。性行為は子孫を残すための手段としてのみ認められ、快楽を求めることは罪悪とされました。
ポズドヌイシェフは、妻と音楽家との関係を疑い、嫉妬の炎に焼かれます。彼は、妻の肉体的な不貞だけでなく、精神的な不貞にも激しい怒りを感じます。
このポズドヌイシェフの苦悩は、当時の厳格な性道徳に縛られた人々の、抑圧された心理状態を象徴していると言えるでしょう。
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芸術に対する ambiguous な視点
「クロイツェル・ソナタ」では、ベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」が重要なモチーフとして登場します。音楽は、夫婦の感情を揺さぶり、物語を悲劇へと導く役割を果たします。
トルストイ自身、音楽を愛好していましたが、一方でその陶酔的な力に 警戒心も抱いていたと言われています。
作中では、音楽は夫婦の情熱を掻き立てる一方で、嫉妬や憎悪を増幅させるものでもあります。トルストイは、「クロイツェル・ソナタ」を通して、芸術の持つ両義性、つまり高尚さと危険さを同時に描き出そうとしたのかもしれません。
「クロイツェル・ソナタ」は、結婚、性、芸術といった普遍的なテーマを扱いながらも、19世紀後半のロシア社会の時代精神を色濃く反映した作品です。トルストイの鋭い観察眼と深い人間洞察は、現代社会においても多くの読者に衝撃と共感を呼び起こしています。