ディルタイの精神科学序説を読む前に
ディルタイの生涯と時代背景を知る
ヴィルヘルム・ディルタイ(1833-1911)は、ドイツの哲学者、歴史家、文献学者です。彼の生きた19世紀後半は、自然科学が隆盛を極め、その方法論が人間や社会にも適用されようとしていた時代でした。ディルタイは、人間精神の理解には自然科学的方法とは異なる方法が必要であると考え、「精神科学」の確立を目指しました。
当時の思想的潮流を押さえる
ディルタイの思想は、当時の様々な思想潮流と深く関わっています。特に、ヘーゲルや Schleiermacher の影響は大きく、彼らの思想を批判的に継承しながら、独自の哲学体系を構築しようとしました。
* **ヘーゲル哲学:** ヘーゲルの弁証法や歴史哲学は、ディルタイの思想形成に大きな影響を与えました。しかし、ディルタイはヘーゲルの客観主義的な歴史観を批判し、人間の主観的な経験を重視する立場をとりました。
* **Schleiermacher の解釈学:** Schleiermacher は、聖書の解釈方法として解釈学を体系化しました。ディルタイは、彼の解釈学を人間のあらゆる精神現象の理解に応用できる方法論として発展させようとしました。
* **自然科学的方法の隆盛:** 当時は、自然科学の成功に触発され、人間や社会の現象も自然科学的方法によって解明できると考える風潮がありました。ディルタイは、このような風潮に対して、人間精神を対象とするには、自然科学的方法とは異なる方法が必要であると主張しました。
「精神科学」の概念を理解する
ディルタイが提唱した「精神科学」とは、人間の精神活動を対象とする学問の総称です。歴史学、文学、法学、経済学など、従来からある人文科学、社会科学を包括する概念として、ディルタイは「精神科学」という用語を用いました。
ディルタイは、自然科学が客観的な法則の発見を目指すのに対し、精神科学は、人間の主観的な経験を理解することを目指すと考えました。彼は、人間の精神は、歴史や文化、社会の中で形成されるものであり、客観的な法則によって完全に説明することはできないと主張しました。
「解釈学」の基本的な考え方を知る
ディルタイは、精神科学の方法として「解釈学」を重視しました。解釈学とは、テキストや作品、行動などの意味を理解するための方法論です。彼は、人間の精神活動は、言語、作品、行動などを通じて「客観化」されていると考えました。そして、これらの「客観化された精神」を解釈することによって、人間の精神を理解できるとしました。
「生の哲学」との関連を意識する
ディルタイの思想は、「生の哲学」の先駆としても位置づけられています。「生の哲学」とは、20 世紀初頭にドイツを中心に展開された哲学思潮で、人間の生を、理性や客観的な法則によっては捉えきれない、根源的なものとして捉え直そうとしました。ディルタイ自身は「生の哲学」という用語を用いていませんが、人間の生を、理性だけでなく、感情や意志、歴史的・社会的な文脈を含んだ、多層的なものとして捉えていた点で、「生の哲学」と共通する問題意識を持っていたと言えます。
「経験」と「表現」というキーワードを押さえる
ディルタイは、人間の精神を理解するためには、「経験」と「表現」という二つのキーワードが重要であると考えました。ディルタイにとって「経験」とは、単なる感覚的な経験ではなく、感情や意志、思考などが複雑に絡み合った、主観的な生の体験を意味します。そして、「表現」とは、このような主観的な経験が、言語、作品、行動などを通じて客観化されたものを指します。ディルタイは、「表現」を解釈することによって、人間の「経験」を理解することができると考えました。
これらのポイントを踏まえることで、「精神科学序説」の内容をより深く理解することができます。