ツルゲーネフの煙が扱う社会問題
西欧化とスラヴ主義の対立
19世紀後半のロシアは、西欧化を進めようとする勢力と、ロシア独自の伝統や文化を守ろうとするスラヴ主義の対立が激化していました。『煙』はこの対立を背景に、当時のロシア社会が抱える問題を浮き彫りにしています。
作中では、西欧化を象徴する場所として、ドイツの保養地バーデン・バーデンが登場します。主人公である貴族のリトヴィノフは、そこで自由で進歩的な思想を持つロシア人亡命者たちと交流しますが、彼らの空論ばかりで現実を直視しようとしない態度に幻滅していきます。
一方、スラヴ主義は、保守的で排他的な思想として描かれています。リトヴィノフのかつての恋人イリーナの夫であるポトゥーギンは、愛国心の強い軍人で、ロシアの伝統や文化を盲目的に信奉しています。彼は西欧化を否定し、ロシア独自の道を進むべきだと主張しますが、その態度は独善的で、周囲の人々を辟易させています。
貴族社会の退廃
『煙』では、当時のロシア貴族社会の退廃ぶりも描かれています。リトヴィノフが出会うロシア人たちは、 gambling に興じ、恋愛沙汰に明け暮れるなど、退廃的な生活を送っています。彼らは祖国ロシアの未来を真剣に考えることなく、享楽的な日々を送ることに満足しています。
こうした貴族たちの姿は、当時のロシア社会全体が抱える問題を象徴しています。農奴解放によって社会構造が大きく変化する中で、貴族たちは特権的な地位を失い、社会における存在意義を見失っていました。
女性の地位向上
『煙』は、女性の地位向上というテーマも扱っています。当時のロシアでは、女性は男性に従属的な立場に置かれ、教育や社会進出の機会が限られていました。
作中で登場する女性たちは、それぞれ異なる立場から、当時の女性の生きづらさを体現しています。主人公リトヴィノフのかつての恋人イリーナは、愛のない結婚に苦しみ、自分の意志で人生を決定することができません。一方、リトヴィノフと恋に落ちるターニャは、進歩的な思想を持ち、自立した女性を目指そうとしますが、当時の社会ではなかなか受け入れられません。
世代間の断絶
『煙』は、古い世代と新しい世代の対立、すなわち世代間の断絶も描いています。リトヴィノフをはじめとする若い世代は、古い価値観や社会体制に疑問を抱き、新しいロシアを築こうとしています。
しかし、古い世代は、彼らの考えを理解しようとせず、反発します。そのため、若い世代は理想と現実のギャップに苦しみ、進むべき道を見失ってしまいます。