チョーサー「トロイラスとクリセイデ」の形式と構造
ジェフリー・チョーサーの『トロイラスとクリセイデ』は、中英語期の代表的な詩的叙事詩であり、トロイの王子トロイラスと若い女性クリセイデの悲恋を描いています。この作品は、その独特な形式と構造により、中世文学の中でも特に注目されるべき作品です。
詩形と韻律構造
『トロイラスとクリセイデ』は、主にロイヤル・ライム(rhyme royal)と呼ばれる詩形で書かれています。この詩形は、七行のスタンザ(詩節)で構成され、ABABBCCの韻律パターンを持ちます。チョーサーはこの形式を使って、登場人物の心情や物語の進行を巧みに表現しています。この詩形は、英語詩の中でも特に格式高く、複雑な感情や思想を表現するのに適しているとされています。
章分けとナレーション
物語は五つの書(Book)に分けられており、各書は物語の異なる段階を描いています。これにより、読者はトロイラスとクリセイデの関係の発展を、時間の経過とともに追うことができます。また、チョーサーは物語のナレーターとして自らを位置付け、しばしば直接読者に語りかけるスタイルを取り入れています。これにより、物語に対するナレーターの感情や反応が明確に示され、読者は物語の深層を理解する手助けを受けます。
古典的参照とアダプテーション
チョーサーは、『トロイラスとクリセイデ』の筋立てを構築するために、古典古代の文献や中世の文献を広範囲に参照しています。特に、ボッカチオの『フィロストラート』からの影響が顕著であり、チョーサーはこの物語を英語の文脈に適応させつつ、独自の解釈を加えています。このような文学的なアダプテーションは、チョーサーの作品が持つ多層的なテクスチャを形成する重要な要素です。
『トロイラスとクリセイデ』の形式と構造は、チョーサーの文学的技巧と創造性を示すものであり、彼の作品が後世に大きな影響を与えた理由の一端を明らかにします。詩形の選択から章の構成、さらには古典的なテキストとの対話に至るまで、チョーサーは英語文学の伝統に新たな地平を開いたと言えるでしょう。