ソルジェニーツィンの癌病棟の構成
構成
「イワン・デニーソヴィチの一日」でソ連の強制収容所の過酷な実態を描いたソルジェニーツィンは、次に自身の癌闘病体験を基にした「癌病棟」を発表しました。この作品は、癌患者たちが集まる病院の13号室を舞台に、登場人物たちの過去と現在、そして彼らが抱える死への恐怖や生の希望を、多層的な構成で描き出しています。
まず大きな特徴として挙げられるのは、時間軸が現在と過去を複雑に行き来する構成です。物語は、主人公コストグロトフが入院してくる場面から始まりますが、彼の過去や他の患者たちの回想が随所に挿入され、現在の病院生活と交錯していきます。 このような構成によって、登場人物たちの置かれた状況、心理、関係性が徐々に明らかになっていくとともに、ソビエト社会の歪みや人々の苦悩が浮き彫りになっていきます。
また、章立てにも特徴が見られます。全編は、”一日目”、 “夜”、”朝”といった時間経過を示す言葉や、”黒アザ”、”転移”といった癌の症状を示す言葉など、抽象的な言葉で区切られています。これは、特定の登場人物の視点や時系列に縛られない、より普遍的なテーマや人間の根源的な問題を扱っていることを示唆しています。
さらに、作品全体は、大きく分けて3つの層で構成されていると考えることができます。
第1層:13号室の患者たちの物語
物語の中心となるのは、もちろん13号室の患者たちの姿です。それぞれが異なる境遇を背負い、癌という死と隣り合わせの状況に置かれた彼らの姿を通して、生の意味や人間の尊厳、体制と個人の関係といった普遍的なテーマが浮かび上がってきます。
第2層:コストグロトフの過去と内面
主人公コストグロトフは、元収容者という過去を持ち、癌という新たな苦難に直面しています。彼の視点を通して、収容所生活の過酷な現実や、体制による弾圧、人間の精神の強靭さなどが描かれます。また、彼自身の死への恐怖や生への執着、自己の過去への葛藤なども、深く掘り下げられます。
第3層:医師や看護師を含む病院という小社会
13号室の外には、医師や看護師、そして病院を訪れる人々など、様々な立場の人間が登場します。彼らの言動や行動は、当時のソ連社会の縮図として描かれており、官僚主義や保身主義、無関心などが浮き彫りになります。一方で、献身的な医師や患者思いの看護師の姿も描かれ、人間社会の複雑さを描き出しています。