## ソシュールの一般言語学講義の思想的背景
### 19世紀後半の言語学の潮流
ソシュールの『一般言語学講義』が執筆された19世紀後半、言語学は大きく変革期にありました。それまでの言語研究は、歴史的な変化を重視する**歴史比較言語学**が主流でした。これは、サンスクリット語、ギリシャ語、ラテン語などの印欧語族の比較研究から発展したもので、言語の変化の法則性を明らかにすることを目的としていました。
### 青年文法学派の影響
しかし、19世紀末になると、歴史比較言語学の方法論に対する批判が高まり、言語の共時的側面、すなわち、ある特定の時点における言語体系の研究を重視する**青年文法学派**が台頭しました。青年文法学派は、言語を有機体のように捉え、その内部構造や法則性を明らかにしようとしました。ソシュールも青年文法学派の影響を受け、言語を**体系**として捉えることの重要性を認識していました。
### デュルケムの社会学の影響
ソシュールの思想には、社会学者のエミール・デュルケムの影響も指摘されています。デュルケムは、社会現象を個人の意識や心理に還元するのではなく、社会それ自体に固有の法則性によって説明しようとしました。彼の社会学的視点、特に**集合意識**や**社会的事実**の概念は、ソシュールの言語観に大きな影響を与えました。ソシュールは、言語を個人の所有物ではなく、社会全体に共有された**社会的事実**と捉え、言語体系を個人の外側に存在する客観的な実体として規定しました。
### フッサールの現象学の影響
また、哲学者エドムント・フッサールの**現象学**も、ソシュールの思想形成に影響を与えたと考えられています。現象学は、意識に現れる現象そのものをありのままに記述することを重視する哲学的立場です。ソシュールは、言語記号の恣意性を主張する際に、フッサールの現象学的方法を用い、言語記号とそれが指し示す概念との間の関係が、本質的なものではなく、あくまで慣習的なものであることを明らかにしようとしました。