ソシュールの一般言語学講義から学ぶ時代性
ソシュールが生きた時代
フェルディナン・ド・ソシュール(1857-1913)は、19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したスイスの言語学者です。この時期は、ヨーロッパ社会が大きく変動した時代と重なります。産業革命の進展は、資本主義経済を飛躍的に発展させると同時に、さまざまな社会問題を引き起こしました。また、自然科学分野における革命的な発見は、それまでの世界観を根底から覆し、新しい思想を生み出す原動力となりました。
歴史主義の隆盛とソシュールの言語学
19世紀後半、歴史学や哲学の分野では、歴史主義が大きな潮流となっていました。歴史主義は、あらゆる事象を歴史的な変化や発展の過程の中に位置づけて捉えようとする思想です。言語学においても、19世紀は比較言語学が発展した時代であり、印欧語族の祖語の再 Konstruktion や、言語の系統関係の解明などに力が注がれました。
ソシュールの言語学は、このような時代の流れを背景に生まれました。彼は、従来の言語学が歴史的な変化のみに注目し、共時的な言語体系の分析を軽視してきた点を批判しました。そして、言語を「ある時点における体系」として捉え、その内部構造を明らかにすることの重要性を主張したのです。
言語記号の恣意性と社会構造
ソシュールの言語理論の核心をなす概念の一つに、「言語記号の恣意性」があります。これは、言語記号(例えば、「木」という言葉)とその指示対象(現実の木)との間に必然的な結びつきはなく、両者の関係はあくまで社会的な約束事に基づいているという考え方です。
この考え方は、当時の社会構造と密接に関係しています。19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパ社会は階級間の格差が固定化し、社会的な流動性が乏しい時代でした。人々の社会的地位は、生まれながらに決定されていると考えられており、個人の努力によって変えることは難しいとされていました。
このような社会状況において、言語記号の恣意性は、社会構造の固定性を象徴するものとして映ったのかもしれません。言語は、社会によって恣意的に決められた規則に従って使用されるものであり、個人がその規則を変えることは容易ではありません。
構造主義への影響
ソシュールの言語学は、20世紀後半にフランスを中心に発展した構造主義思想に大きな影響を与えました。構造主義は、言語学の方法論を応用し、文化、社会、心理など、さまざまな現象を「構造」として分析しようとする思想です。
構造主義者たちは、ソシュールの言語理論を解釈学的に発展させ、言語のみならず、あらゆる文化現象が記号によって構成されていると考えました。そして、記号体系の背後にある構造を明らかにすることによって、文化や社会の深層を理解しようと試みたのです。
このように、ソシュールの言語学は、彼が生きていた時代の社会状況や思想的潮流と深く結びついていました。彼の理論は、単なる言語学の枠組みを超え、20世紀以降の思想や文化に多大な影響を与えたと言えるでしょう。