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ショーペンハウアーの意志と表象としての世界と言語

ショーペンハウアーの意志と表象としての世界と言語

ショーペンハウアーの思想における表象と意志

ショーペンハウアーの主著『意志と表象としての世界』において、世界は我々認識主体にとって
「表象」として現れるとされます。 表象とは、時間・空間の形式と因果律という形式のもとで
認識可能な現象世界のことを指します。

しかし、ショーペンハウアーはこの表象世界の背後には、
我々の認識能力では直接捉えることのできない「意志」が
根源的な原理として存在すると考えました。 意志とは、
盲目的で衝動的な、飽くなき striving(努力、希求)であり、
この世界に存在するすべてのもの、人間も自然も、
その根底にはこの「意志」が共通して存在するとされます。

言語の役割

言語は、この表象世界において重要な役割を果たします。
ショーペンハウアーは、言語を「思考の道具」と見なし、
我々が思考し、世界を理解する上で不可欠な要素だと考えました。

言語を用いることで、
我々は抽象的な概念を操作し、
複雑な思考を展開することが可能となります。

言語の限界

しかし、ショーペンハウアーは同時に、
言語は「表象」を扱うための道具に過ぎず、
「意志」そのものを捉えることはできないとも主張しました。

言語はあくまでも概念を媒介とした
間接的なコミュニケーション手段であり、
「意志」という根源的な力については、
直接的な経験や直観を通してのみ理解可能だとされます。

芸術と意志

ショーペンハウアーは、
言語の限界を超えて「意志」を表現する手段として、
音楽などの非言語的な芸術に注目しました。 特に音楽は、
「意志」の直接的な客観化として捉えられ、
他のいかなる芸術よりも「意志」の本質を表現する力を持つとされます。

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