サルトルの弁証法的理性批判の位置づけ
サルトルの思想における位置づけ
『弁証法的理性批判』(Critique de la raison dialectique)は、1960年に発表された、サルトルの主著とされる大著です。実存主義を唱えた初期の思想から、マルクス主義を取り入れた社会へのコミットメントを重視する後期思想への転換点とみなされています。
サルトルは、初期においては、実存主義の立場から、個人に焦点を当て、自由と責任を強調しました。とりわけ『存在と無』(L’Être et le néant)では、人間の意識の自由を論じ、実存は本質に先立つというテーゼを主張しました。しかし、1940年代後半から、サルトルは、個人主義的な実存主義の限界を感じ始めます。社会的な現実や歴史の重要性を認識し、個人と社会の関係をより深く考える必要性を感じたのです。
そこでサルトルは、マルクス主義に注目します。マルクス主義は、歴史的な唯物論に基づき、社会構造や階級闘争が人間存在を規定すると考えます。サルトルは、マルクスの思想を分析し、自身の思想に取り入れることで、個人と社会を統合的に理解しようと試みました。その試みの集大成が『弁証法的理性批判』です。
本書においてサルトルは、マルクス主義の方法論である弁証法を用いながら、個人の自由と社会構造の関係を考察しています。サルトルは、個人は社会的な存在であり、社会構造によって制約を受けると認めつつも、その中で自由と責任を持って行動する主体であることを主張しています。
哲学史における位置づけ
『弁証法的理性批判』は、20世紀後半のフランス思想、とりわけマルクス主義思想に大きな影響を与えた作品です。当時のフランスでは、ソ連のスターリン主義による全体主義体制や、伝統的なマルクス主義の教条主義に対する批判が高まっていました。サルトルの思想は、このような状況下において、人間存在の自由と責任を重視する新しいマルクス主義の解釈として、広く受け入れられました。
しかし、サルトルのマルクス主義解釈は、正統的なマルクス主義者からは批判も受けています。サルトルは、マルクスの唯物論を完全に受け入れるのではなく、人間の主体性や意識の役割を重視する独自の立場を展開しました。この点が、正統的なマルクス主義者からは、観念論的である、あるいは修正主義であるとして批判されたのです。
このように、『弁証法的理性批判』は、発表当時から現在に至るまで、様々な立場から論争を巻き起こしてきた問題作です。しかし、個人の自由と社会構造の関係という現代社会においても重要な問題を提起した作品として、その意義は依然として大きいと言えるでしょう。
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