## ゴールディングの蝿の王と言語
言語の退化
「蝿の王」では、文明社会から隔絶された無人島に漂着した少年たちが、次第に野蛮な状態へと退行していく様子が描かれています。この過程は、彼らの使用する言語にも如実に表れています。
作中では、当初は比較的洗練された語彙や文法を用いていた少年たちが、時間の経過とともに次第に単純化された言葉遣いへと移行していきます。例えば、理性と秩序を象徴するピギーの理路整然とした話し方は、次第に他の少年たちから軽視され、嘲笑の対象となります。
一方で、本能的な欲望を象徴するジャックは、感情的で直接的な言葉遣いを用いることで、他の少年たちの心を掴んでいきます。彼の言葉は、論理や道徳よりも、恐怖や快楽といった原始的な感情に訴えかけるものであり、少年たちの野蛮性を煽り立てる役割を果たします。
象徴としての名前
作中に登場する人物の名前は、それぞれのキャラクターを象徴的に表現しています。例えば、主人公の「ラルフ」は、英語で「助言」を意味する「counsel」と語源が同じであり、リーダーとしての資質を持つ彼を象徴しています。
また、「ピギー」は、英語で「豚」を意味し、彼の肥満体型と知性を揶揄するあだ名として用いられています。彼の持つ知性や理性は、野蛮化する少年たちにとって邪魔な存在となり、最終的には悲劇的な結末を迎えます。
さらに、「ジャック」は、英語で「農民」を意味し、庶民的な力強さを象徴しています。彼は、理性や秩序よりも、本能的な欲望に従って行動し、少年たちを野蛮な状態へと導きます。
沈黙と暴力
「蝿の王」では、言語の退化と並行して、沈黙と暴力が支配的なコミュニケーション手段となっていく様子が描かれます。言葉によるコミュニケーションが不可能になった時、少年たちは暴力によってのみ意思を伝えるようになります。
例えば、ピギーは最後まで言葉によって理性と秩序を訴え続けようとしますが、彼の言葉は他の少年たちには届かず、最終的には暴力によって殺害されてしまいます。
このことは、言葉が持つコミュニケーション能力の限界と、暴力の持つ圧倒的な破壊力を象徴しています。文明社会から隔絶された環境では、言葉は力を失い、暴力のみが支配する世界となることを、「蝿の王」は示唆していると言えるでしょう。