ゲーテのファウストの思想的背景
ゲーテの生きた時代
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ（1749-1832）は、ドイツの啓蒙主義からワイマール古典主義、そしてロマン主義、さらにその後の時代へと至る激動の時代を生きました。特に、ゲーテが青年期を過ごした啓蒙主義の時代は、理性と科学による世界の理解を重視し、人間の理性に基づいた社会改革を目指した時代でした。
ゲーテ自身も、ライプツィヒ大学やシュトラスブール大学で法律を学ぶかたわら、哲学、自然科学、文学など幅広い分野を学びました。 このような多岐にわたる学問への関心は、後の彼の作品に大きな影響を与えました。
しかし、ゲーテは啓蒙主義の思想だけに傾倒していたわけではありませんでした。彼は、人間の感情や情熱、そして自然の力強さにも深い関心を抱いていました。このような関心は、当時のドイツで興隆しつつあったロマン主義の影響を受けていました。
ファウストにおける思想的対立
ゲーテの代表作である『ファウスト』は、60年以上にわたる歳月をかけて執筆された大作であり、ゲーテ自身の思想的遍歴を色濃く反映した作品です。
この作品では、理性と科学を象徴するファウストと、人間の感情や欲望、そして自然の力を象徴するメフィストフェレスが対照的に描かれています。ファウストは、既存の学問の限界を感じ、より深い知識と経験を求めて悪魔メフィストフェレスと契約を交わします。
ファウストは、メフィストフェレスの力を借りて様々な経験を積みますが、その過程で愛と罪、そして人間の存在意義について深く苦悩します。彼の葛藤は、理性と感情、精神と肉体、善と悪など、人間存在における根源的な二項対立を象徴しています。
ルネサンスの影響
『ファウスト』は、ゲーテが強い関心を抱いていたルネサンスの影響も色濃く反映しています。ルネサンス期には、中世のキリスト教的世界観から脱却し、人間中心主義に基づいた文化が花開きました。
ファウストの飽くなき知識欲と経験への渇望は、まさにルネサンス人の精神を体現しています。また、魔術や錬金術といった神秘主義的な要素も、ルネサンス期の思想や文化と深く結びついています。
多様な解釈を許容する作品
『ファウスト』は、単一の解釈を提示する作品ではなく、読者一人ひとりの解釈に開かれた作品です。ゲーテ自身、作品について明確な答えを与えておらず、読者はファウストの苦悩や葛藤を通して、人間存在の深淵に触れ、それぞれの解釈を見出すことになります。
『ファウスト』は、時代を超えて読み継がれる作品であり、その思想的背景には、ゲーテの生きた時代背景や思想、そして彼が影響を受けたルネサンスの精神が色濃く反映されています。