ギボンのローマ帝国衰亡史の原点
ギボンの着想
1764年10月15日、エドワード・ギボンはローマを訪れ、フォルムの遺跡に佇んでいたところ、カピトリーヌの丘に建つ廃墟と化したユピテル神殿で修道士たちが夕べの祈りを捧げる声が聞こえてきました。
この経験が、後に六巻にも及ぶ大作『ローマ帝国衰亡史』を執筆するきっかけとなったと、ギボン自身が自伝の中で述べています。
執筆の背景
ギボンは裕福な家庭に生まれ、オックスフォード大学で学びましたが、当時の大学の雰囲気に馴染めず、わずか1年で中退しました。その後、父の意向でスイスに留学し、そこで啓蒙思想の影響を受けました。
ローマ帝国の歴史に関心を抱いたギボンは、1764年から約20年の歳月をかけて『ローマ帝国衰亡史』を執筆しました。
史料と影響
ギボンは古代ローマの歴史家タキトゥスを高く評価しており、彼の簡潔で力強い文体を模倣しようとしました。
また、当時の最新の学問的成果を取り入れるとともに、膨大な量の史料を渉猟し、その博識を駆使してローマ帝国衰亡の原因を多角的に分析しました。