キケロの義務について
義務の定義と分類
キケロは本書の冒頭で、義務(officium)とは、人が理性と社会的な本性に導かれて行うべき行為であると定義しています。そして、義務は大きく分けて二つに分類できると述べています。
一つは、**完全義務(officia perfecta)**であり、これは理性に基づいて絶対的に行うべき行為を指します。例えば、約束を守る、正直である、不正をしないなど、普遍的な道徳律にかなう行為がこれにあたります。キケロは完全義務を、自然法という概念と結びつけ、人間であれば誰しもが理性によって認識できる普遍的な義務であると強調しました。
もう一つは、**不完全義務(officia imperfecta)**であり、これは完全義務ほど厳格ではなく、状況や個人の判断によって異なります。例えば、困っている人を助ける、親切にする、社会に貢献するなど、道徳的に推奨される行為がこれにあたります。不完全義務は、完全義務ほど絶対的なものではありませんが、人間社会をより良くするため、そして個人の徳を高めるためには重要な要素であるとキケロは考えていました。
義務の衝突と調和
キケロは、現実の生活においては複数の義務が衝突し、どちらかを選ばなければならない場面が生じると指摘しています。例えば、友人との約束と、家族の緊急事態への対応など、どちらの義務を優先すべきか迷う場面は誰にでもあるでしょう。このような場合、キケロは、より重要な義務、より普遍的な義務を優先すべきだと主張します。
また、義務と個人の利益が対立する場合についても論じています。例えば、不正を告発することで社会正義は果たせても、自身に危険が及ぶ可能性がある場合などです。このようなジレンマにおいて、キケロは、長期的な視点を持つこと、そして真の幸福とは、一時的な利益ではなく、徳に基づいた行動から得られるものであることを強調しました。
義務と徳の関係
キケロにとって、義務と徳は密接に関係しています。徳とは、理性に従って正しい行いを選択する心の習慣であり、義務を果たすことによって徳は育まれ、高められていくと考えました。 キケロは、知恵、正義、勇気、節制という四つの主要な徳を挙げ、義務を果たす上でこれらの徳が不可欠であると説いています。
知恵は、物事を正しく判断し、適切な行動を選択するために必要な徳です。正義は、他者に対して公正かつ公平であることを示す徳であり、社会生活において特に重要視されます。勇気は、困難に立ち向かい、正しいことを貫くために必要な徳です。節制は、欲望や感情をコントロールし、理性に従って行動するために必要な徳です。
義務と社会との関係
キケロは、人間は社会的な動物であり、義務を果たすことは社会の一員としての責任であると考えていました。家族、友人、国家など、様々な共同体の一員として、それぞれにふさわしい義務を果たすことが重要であると説いています。
特に、国家に対する義務を重視し、国家の安定と繁栄のために尽くすことが、市民としての最も重要な義務であると述べています。政治に参加すること、法律を守ることも、国家に対する義務の一環であると考えました。
このように、「キケロの義務について」は、古代ローマの政治家であり哲学者であったキケロの思想が色濃く反映された書物であり、義務の概念を中心に、道徳、政治、社会など、幅広いテーマについて論じています。